撃たれなかった拳銃

 

チェーホフがこう言っている。物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と」「物語の中に、必然性のない小道具は持ち出すなということだよ」

村上春樹1Q84』より

 

この言葉に出会って、私は一種の怒りを覚えた。意味があることがそんなに偉いのかと。意味のないものが物語から締め出されるのであれば、私のような、たいていの人生に何の影響も及ぼさないような人間は、物語の登場人物にすらなれないで死んでいく。そんなのさみしいではないか。私は憤怒で燃えていた。

燃え滾っていたら、引火して、街に燃え広がった。めっきり雨の降らない2月の東京は乾燥しきっていた。瞬く間に広がっていく光景が滑稽で、意味をすべて焼き払ってしまえばいいと思った。

 

誰かと誰かが一緒にいるのにも意味が必要なのだろうか。誰かがここにいることに意味が必要なのだろうか。撃たれなかった拳銃も美しいと思う。