【受賞作予想】第162回芥川龍之介賞

今年も芥川賞の季節がやって来た。半年に一回だけど。候補作全部読むぞと毎回意気込みながら成し遂げられていなかった。発表までに単行本で出揃わないことが多く、全ての作品に目を通すためには文芸誌のバックナンバーを漁らないといけないなど、意外とハードルが多い。とは言ってもやる気と時間とお金をやりくりすればなんてことはないのだが、その三者を自己内部で揃って醸成させることがなかなか難儀であるのは理解してほしい。

しかし今回はついに、受賞作発表前に候補作全部平らげることに成功した。なぜ今回は成し遂げられたかというと、M-1グランプリで個人的に優勝者予想を立てていたのだがこれが思いの外楽しかったため、すっかり「予想すること」への醍醐味に味をしめた次第である。もちろん、今回の予想が大外れに終わり恥をかく可能性もあるのだが、全作読破には少なからぬ時間と労力(掲載誌を探しに遠方の図書館に遠征したり)をかけてきたので発表したい。それでは、一作ごとに論評を提示しよう(順番は読了順)。

 

千葉 雅也「デッドライン」

哲学者として名を馳せる千葉雅也の文壇デビュー作。修士課程に身を置くゲイの青年が主人公。夜な夜な映画制作に携わったり、ハッテン場を彷徨う行きずりな日々を過ごす「回遊魚」的な主人公に、修士論文提出という唯一具体的な終わりが目の前に迫る。モラトリアムとデッドラインの狭間で高まる緊張を、哲学的な問いかけを挿話として取り込みながら描く作品となっており、哲学の部分に関しては流石に興味深いのであるが、純粋な物語としての強度には迫力不足を感じた。

デッドライン

デッドライン

  • 作者:千葉 雅也
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本
 

 

髙尾 長良「音に聞く」

2012年に弱冠二十歳で新潮新人賞を受賞し、本作は三度目の芥川賞候補作である。翻訳家である姉の有智子は、作曲家として天賦の才能を認められている妹の真名と共に、行き別れた父を訪ねてウィーンへ。有智子は様々な人々と話を重ねる中で、「言葉か、音か」という命題を探究していくことになる。かなり格調の高い文章で物語が紡がれており、作品の重厚さという意味では一番かもしれない。しかし、これは読み手のレベルの問題かもしれないのであるが、自分には少し読みにくいなと感じた。

音に聞く

音に聞く

 

 

古川 真人「背高泡立草」

四度目の芥川賞ノミネートであり、いわゆる「吉川サーガ」の一。島に住む親戚の納屋の草刈りに駆り出される主人公の奈美ほか親族の話がメインストーリーであるのだが、草刈りの最中に表出するものや記憶を頼りとして、合間に島に関する様々な挿話が挟まる。要するに、島という「場所」に蔦のやうに絡まった「記憶」を紐解いていく物語である。メタファーに富んだ構成となっており文学としての完成度は高い。また、自分はそこまで読み取れなかったのであるが、これは奈美が島という象徴としての「母」に合一する物語だという指摘も拝見した。様々な角度から読むことができる良作である。

背高泡立草

背高泡立草

 

 

木村 友祐「幼な子の聖戦」

候補作の中で最も読みやすく、同時に一番の問題作かと思われる。村の選挙問題に巻き込まれる中年男性の話であり、世の中を舐め腐ったような一人称「俺」の語り口は、44歳にもなっても社会的に未成熟な人間=「幼な子」を象徴している。芥川賞候補作としては文章が非常に軽いように映るが、これは既存の固定観念への挑戦という意味で好意的に受け取った。ただし、強引な展開も多く、また政治的な匂いが強すぎるきらいがある。話自体は面白いと思うが、完成度という面でどうなのだろうか。

幼な子の聖戦

幼な子の聖戦

 


乗代 雄介「最高の任務」

本作のみは単行本を購入。亡くなった叔母との記憶を辿る物語。小学生の時分に叔母の影響で誰にも見せることのない日記を書き始めた「私」であるが、叔母との思い出を追体験する中で、この日記という行為は誰のために、何のために行ってきたのかという問いを深めていく。「最高の任務」とは何なのか、様々な問いが一点に凝縮して爆発するラストは圧巻。とにかくこの物語が素晴らしいのは、「語られなかったこと」「書かれなかったこと」に対する眼差しの優しさである。岩宿遺跡を発掘した相澤忠弘の挿話も象徴的であるが、死者の存在を掘り起こすこと、およびその行為が行為者自体をどの地に連れて行ってくれるのか考えながら読んでいくと心に残る箇所がこれでもかと発掘される。何度も読み直したくなるような、自信を持って人に勧められる作品だ。

最高の任務

最高の任務

 

 

まとめ

個人的な好みとしては「最高の任務」が圧倒的。文学というものの存在意義を非常に感じさせてくれる作品であった。ただ、トリッキーな構造ではあるためそこにケチがつく可能性はある。ネットを見ていると「背高泡立草」の下馬表が高いようで、確かにウェルメイドな作品ゆえに受賞の可能性は大いにある。しかし、これを本命として推すのはM-1チャンピオンに和牛を推すようなものであまり面白くない。よって、本ブログでは「最高の任務」を芥川賞最有力として推したい。

「音に聞く」は、自分には理解できない部分も多かったが拡張高さが評価されるかもしれない。ただ、近年は「むらさきのスカートの女」「1R1分34秒」と読みやすい作品が選出される傾向にありその点が不利だろう。「デッドライン」は哲学と物語の融合が不十分であった点、「幼な子の聖戦」は全体的に完成度不足である点が足を引っ張るのではないだろうか。

なお、今回の記事を上梓するにあたっては、下記YouTubeチャンネルを参考にさせて頂いた。とても分かりやすく作品を解説しているため是非ご覧あれ。

https://www.youtube.com/channel/UCutvzRcGtbBNhtGvGihHLjA