くま井ゆう子「みつあみ引っ張って」

初めてそれを感じたのは、祖父母の家へと向かう車の窓から街の鉄塔を眺めた時だったと思う。幼少の自分は、決して触ることのできない記憶の破片が心の何処かに隠されていることを知った。思えば自分の人生は、その瞬間に芽生えたあの謎の感情を追い求める人生であったと思う。車窓を流れる知らない街の景色であったり、空気公団の音楽であったり、『ジョゼと虎と魚たち』の美しいカットであったり、そういったものたちが与えてくれる憂と哀しみに心を沈めてきた。この曲も、また、同じ境地に自分を導いてくれる。

まさに隠れた名曲だ。『三丁目のタマ』というこれまた隠れた名作アニメ(小学校の漢字ドリルのキャラクターだ!)のエンディングテーマであるこの曲を知っている人は果たしてこの世界にどれほどいるのだろうか。懐かしさを薫らせるシンセのサウンド、端正な憂に満ちたメロディ、そして「あのとき」にとりつかれた歌詞のどれをとっても申し分ないのである。特に好きなフレーズがここ。

コーヒー飲んで苦いフリした

あの夏の海はとてもまぶしかった

苦くないフリをするのがベタだと思うのだけれど、逆を行く歌詞に不意をつかれる。無敵の青春真っ只中にありながら、大人になりたくないなんて気持ちを抱えてしまう寂しさ、そしてそんな日々も後ろに過ぎ去ってしまった「今」から振り返る「あのとき」の眩しさに、心が砕け散ってしまいそうになる。