【受賞作予想】第164回芥川龍之介賞

芥川賞候補作全部読む企画第三弾。今回も粒ぞろいでした。さっさと作品ごとの感想に移ります。読了順。

 

尾崎世界観 「母影」 

母影(おもかげ)

母影(おもかげ)

 

 

クリープハイプは実は食わず嫌いしているバンドの一つだったりして、世界観さんの作品もこれまで読めていなかったのだが、『25の短編小説』というアンソロジーに収録されていた「サクラ」という短編が案外と地味で暗くてかっこつけすぎていなくて好きだったりしたので、最近少し気になってはいた。本作も同様に地味で暗い作品であるでよかったと思う。特筆すべきはその文体で、小学生の少女が出会うふわふわとした世界の感触がうまく醸し出していたのはそれのおかげではないだろうか。

 

 

砂川文次 「小隊」 

小隊

小隊

  • 作者:砂川 文次
  • 発売日: 2021/02/12
  • メディア: 単行本
 

 

戦場小説。北海道を舞台に自衛隊とロシア軍が戦闘を繰り広げるSF作品。内面描写などがほとんどなく、ただひたすらに戦場の様子が描写される。果たしてこれは純文学なのか、いやそもそも純文学ってなんだ、みたいな漫才論争のような疑問もよぎったのであるが、淡々と戦場を描いていく中で戦場における死という現象に確かなリアリティが与えられていく様を鑑みるに、死と生について他の作品とは別の角度から切り込んでいく作品であると評価した。

 

 

宇佐見りん 「推し、燃ゆ」

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

 

だれも私のことをわかってくれない。突き詰めると人間のコミュニケーションなどそんなものだ。言葉は不完全で、すべてを伝えるにはあまりに拙い。だから、それでもあの人だけはわかってくれるはずと強く信じることで人は生きていかなければならない。たとえそれがアイドルという虚構であっても。まあそういうことです。それにしても、文藝賞同時受賞の遠野遥といい、河出の純文学系作家の売り出し方は非常にうまいなと舌を巻く。

 

 

木崎みつ子 「コンジュジ」

コンジュジ (集英社文芸単行本)

コンジュジ (集英社文芸単行本)

 

 

これもまた虚構に自分の存在意義を預けてしまった少女の物語である。ただし、「推し、燃ゆ」よりも狂気的で、しかしその狂気がやや奇をてらっている感じを受けてしまった。あと、いかにもすばる文学賞出身という感じがするのはなぜだろうか。

 

 

乗代雄介 「旅する練習」

旅する練習

旅する練習

 

 

圧巻です。旅に出た叔父と姪っ子がただただ歩き続けるという平凡な物語なのだけれど、そこに織り込まれていくひとつひとつの話が純文学的でかつハートフル。書く・読むという行為一般に対する作者の熱量が非常にポップな装いで提供される。読書家でよかったと思わせてくれる素晴らしい作品だ。

 

まとめ

絶対的に「旅する練習」を推す。物語の重層性、読みやすさ、読みごたえ、主題の表現方法、すべてにおいて群を抜いており、選考委員にも評価されると考える。次点は「小隊」とした。一般的な純文学とは異なる角度で、生と死という人間の核心部分に迫ろうとする気概にスポットを当ててもらいたい。「推し、燃ゆ」「母影」も面白かった。