今泉力哉『街の上で』



愛おしい映画だ。

下北沢の街で繰り広げられるこの物語は、いってみれば大したことは起こらない。若葉竜也演じる男と彼を取り巻く四人の女性が繰り広げる群像劇なのだが、そこでは劇的な演出や会話が徹底的に排除されている。どもり、つっかえ、聞き逃し、聞き返し、謎の間の連続で、それゆえに映画の中にどこかぎこちない気まずさが流れることもある。しかしそのことが映画に圧倒的なリアリティ強度を与えている。よどみなく自分の気持ちを吐露する作られた登場人物は皆無であり、この世のどこかに確かに存在する人々の生きざまを垣間見ているようで、ほほえましく優しい気持ちになれる。

ここで描かれているのはあなたの身近な日常と大して変わらない。あるカップルが別れてから暫くのあれこれが描かれているだけだ。何年後かに振り替えれば、いろいろあったよねの一言で片づけられてしまうようなあれこれだけだ。でも、そんなあれこれに近寄ってみると、案外とてもきれいじゃんと気づくことがある。だれも描くことがなければなかったことにされてしまうほど些末で、でも確かにそこにあったはずの出来事。そんないろいろの美しさに気が付かせてくれる、最高の映画だ。