2019大晦日

12/31

人生で初めて一人で年越しすることにした。特に意味はない。今年は、ホーチミンに行っていたり、その後の体調不良でほとんど年末気分を味わえていなかったが、ここ二日で「たけしの公開オーディション」「アメトーーク」あたりのバラエティ特番を見ていたら気分が上がってきた(「正解は一年後」は残念でしたね)。「たけしの公開オーディション」でも披露していたけど、レイザーラモンRGの「『ロード』のものまね」が下らなすぎて最高に好きだ。既に過ぎてしまったが、クリスマスソングとしてはHi, how are you?の新曲「あわゆき」がぴったりなので聴いて頂きたい。

あわゆき

あわゆき

 

デッドライン

デッドライン

  • 作者:千葉 雅也
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本
 

昼間は、芥川賞候補作にノミネートされている千葉雅也『デッドライン』を読んでいた。岸政彦といい古市憲寿といい近年は人文系アカデミア界隈の人々が筆を取る流行りのようだが、本作は前二者よりも学問色を隠しておらず、ドゥルーズ荘子などの哲学的蘊蓄を知ることができて面白かった。ただ、主人公がゲイであるということを除けば自伝のような内容であり、果たしてこれが純粋に物語としての強度を備えているかと言われれば微妙なところであろうか。ちなみに、哲学的な言及で一番面白かったのは「自己/他者」問題で大事なのは「近さ」だという指摘だ。

今年はしっかり大晦日をやろうと意気込んでいたので、夜ご飯は蕎麦にすることに。西友に買い出しに行ったのだがこの世の終わりみたいに混み合っていて最悪だった。これじゃあホーチミンと変わらない。それから、海老天やかき揚げが思ったより高くてびっくりした。心が折れたので、蕎麦の付け合わせには適当に豚肉とネギを炒めてぶっかけ方式で食すことに。結果、何だかよくわからないものが出来上がってしまったのだが、味は悪くなかったので今度は白米のおかずに作ってみたい。

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年越しテレビは何をみようかと楽しみにしていたのだが、あまり面白そうな番組がない。「笑ってはいけない」も例年通りつまらなさそうなので困った。かわりに、「SASUKE」に見入ってしまった。たかだか一テレビ番組の演目に、黒虎だなんだと人生を賭けて臨み、家族親戚友人総出で応援に駆けつける有様を見るに、人生に無駄なことなんてないんだなと感慨に浸る。そういえば、最近のSASUKEは外国人が参加しているのね。チラッと紅白を見たら松田聖子が歌っていた。この人はどこかの時間点で別人に入れ替わっていると私は睨んでいる。非人間的な若造が生理的に受け付けないのだが、肝心の歌唱は意外とよかった。

 

空耳アワー職人高橋力さんが逝去されたとのこと。合掌

ホーチミン旅行④(完)

12/27

最終日。喉は相変わらず痛い。本日は、ホーチミンから約100キロ離れたタイニンへとバスで向かう。この街にはカオダイ教の総本山がそびえ立つ。カオダイ教について知らない人も多いと思うのでここは私の博学を生かして分かりやすくご説明しましょう。カオダイ教は、ベトナム新宗教。1919年(1920年説あり)、ゴ・ミン・チェウ(ベトナム語: Ngô Minh Chiêu / 吳明釗, 1878年2月28日 - 1932年)[1]とレ・ヴァン・チャウン(ベトナム語: Lê Văn Trung/ 黎文忠, 1876年 - 1934年12月19日)によって唱えられた。五教(儒教道教、仏教、キリスト教イスラム教)の教えを土台にしたことから、カオダイ=高臺(高台)と名付けられた。のである。つまりは、世界に遍く様々な教えのいいとこ取りのような教義を敷いている新興宗教だ。失礼を承知で言ってしまうが、なんと胡散臭いのだろう。最高だ。しかし、全世界に300万人以上の信徒が存在するなど、その影響力は底知れぬものがあるのは事実だろう。

そんなカオダイ教の総本山をホーチミンから訪れる場合、ベトナム戦争時の遺構を残すクチとセットでツアーを組むのが一般的である。しかし、ツアーに申し込むと日帰りとはいえ夜遅い時間のホーチミン着となる。この日の夜に日本へのフライトを予約しているためあまり時間をかけたくなかったが故に、今回はカオダイ教寺院に絞って自力で訪れることにした。この方が安上がりだし自由が効く。そして、ここまでの旅ではツアーに頼ったり日本人宿にお世話になるなどイージーな選択を取りがちであったのだが、最後くらいは自分の力で何かをしてみたいと思ったのも事実である。学生のころはそのくらいお茶の子さいさいだったし今回も余裕っしょ、という根拠のない自信がむくむくと芽生えてきた。もちろんこれはフラグである。

ホーチミンから乗り込んだバスでは、となりに座った現地民のおっちゃんが『探偵学園Q』のベトナム語版コミックを読んでいて面白かった。『探偵学園Q』なんて本当に久しぶりに存在を思い出した。どんな内容だったかは全く覚えていない。途中、窓の外に元気玉みたいな格好でバイクにまたがる人を見かけたので何事かと思ったらアクリル板を運んでいるだけだった。しかしなぜアクリル板を。こういったよく分からん荷物の運搬は東南アジアあるあるでだったりもするので、今度旅に出た際は謎物質運搬バイク追っかけのワンテーマで攻めてみたいとかなんとか。1時間半ほどで終点。ここで別のバスに乗り換えて2時間ほどでカオダイ教寺院へと到着。ちょうど礼拝の時間だったのでラッキー。

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ここまでは順調にことが進んだのであるが、礼拝を見終えた後が辛かった。まず、ご飯処が全く見つからない。カンカン照りの酷暑の中をひたすら歩き回ったが寺の周りにはまともな店が一軒もない。飲食店がないことはないのだが、どれも絶望的に汚いか、食事未満の何かしか出てきそうなない雰囲気。ホーチミンではお金さえ惜しまなければある程度のクオリティの店にはすぐ出会えたのだが。これが地方格差か。仕方がないので帰りのバスに乗車したのだが、水を補充せずに乗り込んでしまった。水分補給を封じられたままノンクーラーの灼熱に2時間揺られ続けたため当然の如く熱中症気味に。乗り換えのタイミングでペットボトルを購入できたのでなんとか事なきを得たが、食料が見つからず結局朝ご飯以降全く食物を腹に入れられず。ツアーに申し込んでいれば、空調の効いた快適な車でランチ場所もアレンジしてくれたのに。多少時間が押したり自由度が減ったとしてもツアーにすればよかったと後悔しっぱなし。なんとかホーチミンに戻れたが、長旅(往復7時間超)の疲れが出たのかもうこれ以上観光しなくていいやという退廃感に襲われフライトの時間までずっと日本人宿のレセプションで備え付けの漫画を読んでいた(『銀の匙』面白いですね)。

空港でチェックインを済ますが、ついにこのタイミングで体調不良が爆発。喉痛も限界に達する。フラフラになりながら保安検査などの手続きを行うが、1時間の出発遅延のアナウンスが。悪いことは続くもので、登場直前に手荷物検査を受けさせられる。手荷物は6KGまでとの規約は認知していたが、今までの旅行では一度も厳密にこの規則が適用されたことはなく多少の超過は大目に見られていたので油断していた。手荷物合計8KGで見事超過料金を支払うことになってしまいました。ドタバタで疲労はマックスとなり、せめてフライト中はゆっくりと睡眠を取りたいものであったが、LCC特有の超狭小座席で全く心休まることなくベトナムを後にした。

帰国後、暫く寝込む。学生のころと同じような予定の組み方に限界を感じた旅となりました。次回は空気の綺麗なところがいい…

ホーチミン旅行③

12/25

喉痛が若干緩和。カオダイ寺院という名所に行きたいので明日のツアーを探しに街にくりだす。途中、ハイランズコーヒーに寄ってベトナムコーヒーを注文。悠久なるメコン川を想起させる深い苦味の中に微かだが確かな甘さが光る。なーんて頭の中で気取った食レポをしていたら喉痛がぶり返してきやがった。珈琲は喉に悪いという教訓をしっかり本国に持ち帰りたい。その後も気ままに歩き続けていたのだが、とにかく空気が悪い。マスクをしていたがそれでも街を歩くだけで喉がひたすらに消費される。2020年に地下鉄が開通する予定らしいが、それによってどれだけバイクが減り空気が良くなるのか注目したい。 

 

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途中の路地で出会った謎の壁画

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ベトナムコーヒー@highlands coffee

途中立ち寄ったベンタン市場

 

さて空気の悪さにはすっかり辟易してしまったが、道路の横断には慣れてきた。昨日宿の人から聞いた話では、「走らない」「止まらない」が道路横断のコツのようだ。道を行く無限のバイクを眺めているとわかるのだが、この国ドライバーはとにかくルールを守らない。歩行者信号は何色でも青だと勘違いしている。交通法規の遵守という観点は彼ら彼女らからはスポリと抜け落ちており、というよりもそんな観念とは未だ接触したこともないのであろう、もはや彼らに落ち度はなくこちら側が生真面目すぎるような錯覚に陥るのぐらいだ。しかしそれでも流石に「人を轢いてはいけない」あるいは最低限でも「人を轢いてもメリットはない」という道徳的教養は持ち合わせているようなので、前述の「走らない」「止まらない」をしっかり守っていれば無闇矢鱈に轢き殺されることはなさそうである。
4時間くらい歩き続けてみたのだがついに喉が限界を迎え、脚もへばってきたので、何処か心休まる場所へと緊急避難することに。インターネットで調べていたら、なんと近くに「さいごんの湯」なるものがあるではないか。日本のスーパー銭湯をそのまま輸出した施設である。行きたい。しかし、異国情緒を味わうというバックパック旅行の真髄はどうした。こんなところで銭湯なんかいったら台無しだろ。なんて葛藤は一ミリも覚えることなく入浴。天国だ!風呂こそ世界に誇るクールジャパンコンテンツですよ、ほんと。銭湯の周りにはリトル日本人街が広がっておりラーメン屋や居酒屋が軒を連寝ているのだが、こういう区画に必ず現れる出鱈目適当日本語シリーズが愛くるしい。

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さっぱりしたが、すでに(喉の)HPが底をついたためそのままバスで宿へと戻った。ちなみにツアーの方は色々と旅行代理店を回ったのだが納得のいくプランがなかったため、明日はバスを乗り継ぎ自力でカオダイ寺院を目指すこととした。これが吉と出るか凶とでるかは明日のお楽しみ。フラグ感は否めないが。

夜はバックパッカーの集まるヴイヴィエン通りの屋台でポークグリルなどを食す。味は悪くないが、辺りが騒がしく落ち着いて食べることは出来なかった。ヴイブィエン通りはパリピ達の集まり朝までダンスミュージックをガンガンに鳴らすような路地なので、蛆虫のように陰気な日陰者には少ししんどいものがある。気を取り直して宿の近くの屋台にてフォーを食べ、平和に一日が終わった。

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ホーチミン旅行②

12/25

メリークリスマス。こちらベトナムホーチミン。本日は宿でアレンジしたメコンデルタツアーに参加する。のですが、少々由々しき事態が。日本を発つ前から喉を痛めていたのですが、こちらに来て悪化しているのです。飛行機の乾燥や慣れない土地へのストレスもありますが、ホーチミンの空気の汚さが大きな要因を占めているように思えます。うがいをすると何とも下品な色の唾液が飛び出してくるのですが、喉以外の体調は問題ないため予定通りツアーに出かけます。

朝8時のピックアップ。ミニバスで目的地のミトーという街へとへと向かう。1時間半の移動時間中、M-1グランプリ決勝のぺこぱのネタを思い出しては脳内で延々と爆笑していた。せっかく異国の地に赴いたのにお笑いなんかのことを考えているのもどうなのかとは思うが、だからといって他に何をするのだという感じなので仕方ない。他のバックパッカーたちは一体何を考えているのか不思議である。

ミトーに到着。さっそくメコン川クルーズが始まるのかと思いきや、謎のお土産施設に連行された。どうやらこの辺りは竹が名産のようで、竹の繊維を使ったフキンやスカーフの実演販売を見せられる。一瞬ヤバいやつかなと思ったが、特に買わなくても問題のない雰囲気だったのでそそくさと退散。途中の販売コーナーでは、明らかにパチモンなドラえもんミッキーマウスのぬいぐるみが売られており、同行の日本人の方ともども「これぞ東南アジアだよね」とテンションが上がる。日本人ほどパチモンが好きな人種はいないのである。

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モーター付き木造船に乗り込みメコン川をクルーズ。特に安全上の注意アナウンスなどなく、きちんと接岸しない状況で乗り降りしなければならなかったりと安全面大丈夫なのかな、まあ東南アジアだしこんなものかと思っていたが、乗客全員が安全ベストを身につけた別船とすれ違った時は笑った。中洲に接岸し、手漕ぎボートに乗り換えて狭隘水路を往く。リアルジャングルクルーズ。他にも、ココナッツキャンディ工場を見学したり、馬車に乗ったり、ワニを見たり、ハンモックで寛いだり。ツアーの締めは1849年建立の由緒ある仏教寺院であるヴィンチャン寺。なんと巨大仏が。何を隠そう巨大仏フェチにちかごろ改宗したに身なので、今日一番のテンションでツアーを締めることができた。

 

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さて、夜は同じ日本人宿に宿泊するおじさま方の風俗談義を傾聴。長期滞在者が多く、ホーチミンナイトライフ事情への精通具合には恐れ入る。こういう話はただただ聞いている分にはとても面白いのだが、たまにいる「若いうちはこういう経験もしないしないと勿体ない」おじさんがとても苦手である。手前の価値観を押し付けるなボケ。失礼。明日に備えて寝ます。

ホーチミン旅行①

年末にまとまった休みを取れたため、ふと何処かへ旅に出たくなった。いつもは一泊500円とか修行僧のような旅をしてきたので、今回こそは優雅で余裕のある大人な旅にするぞと息巻く。バルセロナでガウディ建築を堪能するのもありだし、台北で激うま中華に舌鼓を打ったり、はたまたトンレサップ湖に浮かぶ水上家屋を訪ねてのんびりしてみるのも一興などと考えていたが、気がつくとベトナムホーチミン行きの往復チケットを押さえていた。2万9千円。特に見たいものはなかったのだが、安いという理由に勝てるものはない。ゴリゴリのバックパッカー向け都市である。今回も貧乏旅行が確定した。

何度目の海外旅行だか分からない程度には出かけてきたので、そういった事情を知っている人からすると、てめえは好きで貧乏旅行してるわけなんだから出発の直前は本当に楽しみでいてもたってもいられないでしょと思われる方もいるかもしれない。とんでもない。大概この手の貧乏旅行なんて「きつい」「汚い」「危険」「紙がない」「クソ暑い」の所謂5Kの苦痛に苛まれることは火を見るよりも明らかであり、普段家の布団でぬくぬくと安寧を貪る人間からすると面倒以上の何物でもないわけだ。出来ることなら飛行機のチケットもパスポートもすっかり放擲して実家の猫と戯れながら悠々自適の年末を過ごしたいと強く願うばかりでる。ではなぜそんな苦痛の巣窟であるような旅なんかにわざわざ出かけるのかと問われると答えに窮する。果たして私は稀代のマゾヒストであると言うのか。そうなのか?まあよく分からないのであるが、何の因果かまたもや旅に出る。

 


12/24

朝の飛行機だったため5時に家を出る。真っ暗。この時期こんな時間から人間が活動してはいけないと思うが残念ながらそんな御託を並べている時間もなければ耳を傾けてくれる人もいない。ただ一人、駅を目指す。空港へと向かう電車の中では、森見登美彦太陽の塔』を読む。氏のような文章で文章を綴りたいといつも思っているのだが成功した試しがない。そういえば僕たちは森見登美彦になれないという記事をちょうど前日に読んだ。森見登美彦の文体に憧れる人は多く、書き出しは意気揚々に氏の猿真似のような文章で始まるのだが、結局そのテンションを保ち続けられるような実力が伴わないため知りすぼみ、10ページもめくれば平々凡々な文体に収束してがっくりというとほほパターンが多いという指摘である。「書き出しだけ森見登美彦症候群」という立派な病名までついているとのこと。あな危なし。若干の自覚症状あり。

さてさて成田空港に到着。前述の通り10度目くらいの海外旅行のなるのでもはやベテランの域さ。ゆえに当然旅のいろはは心得ている。何事にも泰然と臨むこと。少々のことで苛々してはならぬ。何事をも許す大海のように広い心を持たねばならぬ。もちろん割り込みなどあったとしても許す心。手荷物検査で化粧水を没収されても許す心。出国検査の列を割り込まれても許す心。おいおいいったい何回列を抜かすんだ。日本人は列を守る民族ではなかったのか。こいつらぶっ●すとか口の中で転がる罵詈雑言。もちろんベテランなのでそんなことを思ったりするわけがない。当たり前でしょう。余裕。

ようやく乗り込んだ飛行機もストレスフル。格安旅行券であったため期待はしていなかったが、機内はあまりにも狭くリクライニング機能すら施されていない。現代の奴隷船とはよく言ったものでエコノミー症候群一歩手前に陥り危うく命を落とすところであった。格安航空には何度も搭乗しているはずだが、毎度毎度今回が一番辛いと思っている気がする。こうやって目の前の出来事や直近に体験した物事を過剰評価してしまう人間を私が非常に嫌悪していることは界隈でひどく有名であろう。

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ホーチミン到着。現地時間13時54分。入国審査では、ビザ無し入国に必要な帰りの飛行機のeチケットを持っておらずドギマギしたが航空会社の予約画面を見せたら何ともなくパスできた。前に中国を訪れた際も、行きの機内で読んでいた地球の歩き方をよく読んだら「パスポートの残存期間が6ヶ月以上」と入国条件に記載されていることに気がつき青ざめたことがある。しかし、有効期間残り4ヶ月を切っていたパスポートで何事もなく入国できてしまったため、安堵とともに本当にこの国大丈夫なのかと要らぬ心配をしてしまった。審査員個人の裁量に依るところが大きいのだろうが。

空港で両替を済まして路線バスで市内へと向かう。実はホーチミンは2回目なのだが、途中の車窓から眺める景色を見ると「バイクの量減った?」「交通マナー良くなった?」とか感じたりしていたのだが、バスを降りると全くそんなことがない、あの頃から何も変わらぬ酷さであると実感。とにかく歩行者優先という概念がないし、さらに信号も少ないため歩道を横断するにも一苦労。この手の都市はとにかく現地民の跡をつけることが一番確実であるという経験知は有していたので何とか移動することができたが、相変わらずの有様だ。

 

何とかして宿に辿り着く。ホーチミンの旧市街から程近いロケーションのとある日本人宿。チェックインして早々に、「今日はみんなでクリスマスパーティーするからぜひ参加してね」という半ば強制イベント発生。誘ってもらうのは非常にありがたいのだが、いかに自分が「クリスマス」とも「パーティー」とも縁が遠い人間であるかを力説せねばならぬ。とか思っていたが結局参加になりました、はい。この記事を書いている今でもパーティーは続いている気配だが、つまりあまり馴染めずそそくさと退散したということですね、はい。とりあえず、途中で食べたフォーの写真とGoProで撮影した動画を貼って今日は眠りにつこうと思います。明日はメコンデルタに赴く予定です

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中川龍太郎『わたしは光をにぎっている』

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地元立石が舞台ということで気になっていた作品『わたしは光をにぎっている』を観に新宿武蔵野館へ。正直内容にはそれほど期待してはいなかったのだけれど、とても美しい映画であった。登場人物が喋りすぎない。そこがとにかく良い。

この作品にとって「場所」が一つの重要なテーマとなってる。大きな話でいえば立石という街の再開発によって「場所」を失う住民たちの物語であり、またそれとは違った次元で彼らは自分たちの小さな「場所」に拘り続ける。ラーメン屋、映画館、飲み屋、銭湯。そして注目してほしいのが、彼らのほとんどが余所者だという点である。主人公の澪、映画監督志望の銀次、ラーメン屋の稔仁、エチオピア料理屋に集まったアフリカンたち。本来なら出会うことのなかった人々が集まり一つの記憶を作り上げていく。そのような「場所」が破壊の危機に迫った時、人は何を思いどうするのか。それこそがこの映画の描く美しさである。

また、銭湯という舞台装置の良さを改めて感じた。男湯と女湯という不完全に仕切られた二つの空間。澪にとって、女湯側は自己、男湯は他者を象徴する。物語序盤、口下手な澪が唯一大声を出すのが惚けたお爺さんが男湯から女湯の脱衣室を覗く場面で、これは他人から自己の領域に踏み込まれることへの抵抗感をよく顕している。これが終盤になると、仕切り越しに京介と会話したり、最後には男湯から聞こえる見えない嗚咽に静かに聞き入る。あるようでない、ないようである人間同士の心の距離感を表現するのに、銭湯ほど適した舞台もなかなかない。

そして考察として欠かせないのは、「光」というものについて。光とは何か、果たしてわたしは光を掴めているのか、人々はその答えを探し求める。アンサーとなるのは銭湯の水中で輝く陽だまりに手を伸ばすシーン。光は形のないものだ。それでも、水を通してそれを掴んでいるという感覚は掴める。その感覚を信じることでしか人は何かを確かめられない。水中の光を掴むことは、澪にとって大人になるための通過儀礼のようなものだろう。答えは分からないけれどもしゃんと生きること。そんな当たり前の、説教臭くなってしまうようなメッセージを、少ない台詞数と美しい情景描写で示せたことにこの映画の価値はある。

主題歌を歌うカネコアヤノにもすっかりハマってしまった。ありきたりな日々だけど、特別な何かを遠くに期待している、そんな気取らない生活の一部を切り取った音楽。「隙間からこぼれ落ちないようにするのは苦しいね」「追いかけたバスが 待っていてくれた かっこいいまま、ここでさようなら」こんな言葉が世界を埋め尽くして欲しい。

 

M-1グランプリ2019

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史上最高の大会。かまいたちUFJで早くも大勢が決したかと思いきや、ミルクボーイの圧倒的な爆発。ぺこぱの登場はまさにニュースター誕生と言った感じ。すゑひろがりずも期待通りの活躍で売れること間違いないだろう。オズワルドはミルクボーイ直後という異様な状況で健闘したし、見取り図、インディアンスなど脇を固めるコンビも素晴らしかった。からし蓮根も正統派過ぎてどうなのかと思っていたが、バックで切り返すシーンは最大級に笑った。陰のMVPはあの盤面を作り上げたニューヨークだと思う。酷評されているけども。唯一、和牛は今回のネタでは優勝して欲しくなかったので、ぺこぱが削った瞬間は鳥肌が立った。

ミルクボーイの優勝に異論は全くないだろう。単純に二回目の出来としてはかまいたちも負けていなかった。しかしまあ、ぺこぱはとんでもないものを発明してしまった。漫才もやりきるとこまで来てしまったと思っていたけど、まだまだ新しい領域が残されていたのだ。人類はどこまで笑いに毒されているのだろう。来年もどんなネタが見れるのかいまから楽しみでしょうがない。