第174回芥川龍之介賞 受賞作予想

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ここ半年ほどはすっかり小説を読まなくなりもっぱら新書やノンフィクションばかり読み漁っていた。その理由に自身の創作活動がうまく行っていないことをあてがうのだって不可能ではないが、別に小説が嫌になったというわけではなく単に現実に即した書物の方が今の自分に心地良いということである。これは一過性のものか今後の生涯続く傾向なのか定かではないが、恒例にしている芥川賞予想だけは続けようと今回も全作品目を通した。しかし今回はなんとも粒揃いだ。受賞作なしだった前回とは打って変わってどれが選ばれてもおかしくないのだが、中でも「叫び」(畠山丑雄)を推したい。記憶に新しい2025年の大阪万博と幻に終わった1940年の大阪万博、二つの時間軸を結びつける創造力の隘路が時にそこにいないはずの、しかし確かにいたはずの人物を立ち上がらせ、夢と現のあわいに読み人を誘う。史料をもとに物語を紡いでいくその手法は乗代雄介を彷彿させるものがある。一方、 「へび」(坂崎かおる)は息子および彼が所属する少年野球の保護者との関係を描く一見地味な作品だが、普通に思える日常や生活の描かれ方に常にどこか些細なズレが垣間見えてなんとも不穏でありそれがよい。ある家を舞台に、いや主人公に据えた「時の家」(鳥山まこと)は、滝口悠生のデビュー作「楽器」を思わせるところがあり、人間個人というよりは舞台装置を前景に押し出して人間を描くそのあり方が白眉。分かりやすい衝撃度で言えば「BOXBOXBOXBOX」(坂本湾)は群を抜いており、いったい何のために働いているか分からない工場労働者たちの日常を冷たい筆致で書き上げる。「貝殻航路」(久栖博季)で描かれる「周縁」としての土地とそこで起こる人々の人生は分厚い雲に閉ざされた冬の空を思わせるに十分な重厚さを文学に与える。さて受賞作は「叫び」のイマジネーションの爆発力と「時の家」が目論む既存の人間描写の打破の姿勢が評価され、この二作同時受賞と予想しておく。

三島小旅行

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年内最終営業日に有給が取れたので日帰りで静岡の三島に行ってきた。鈍行で片道2時間半ほどで辿り着けるのでショートトリップとしてはちょうど良い行き先だ。元来自分にとって三島という街への印象はなんとも地味なもので、お隣の沼津の方が栄えているのに何故か新幹線が停まる街というぐらいのイメージぐらいしかなった。関東で生まれ育ってきた身として伊豆半島に行楽で出かけることは少なくなかったが、熱海や伊東といった温泉街だったり、下田や沼津などの港町が主な行き先で、どちらも備えていない三島の街に惹きつけられる機会には恵まれなかった。これまで幾度となく東海道新幹線のぞみで爆速で通り過ぎてはきたが、それだけの街だった。しかしながら今年に入り、先日homecomingsを卒業した福田さんがこの地を旅した話をポッドキャストで耳にし、着飾らず淡々とその街での体験を話す福田さんの話ぶりがなんとも魅力的で、それ以来三島という土地がなんとなく気になっていた。ちょうど前週に福田さんラストライブがあったのだが、自分は熱を出して行くことができず悔しかったので、せめてこの機会に福田さんの旅路をなぞってみることで埋め合わせたいと思い、旅先に選んだというわけだ。

そういうこともあって道中はホムカミの音楽をお供に乗り物に揺られた。朝、日が明けきる間際に乗り込むバスに揺られながら聴く平賀さち枝とホームカミングスの「かがやき」という曲が冬の朝方のバスの気分にぴったりでちょっと感傷に浸る。平賀さち枝とホームカミングスには「白い光の朝に」という大名曲もあるのだが、青春の眩しさを存分に振り撒くその曲とは異なり、喜びとも哀しみのあわいにたゆたうよるべもない心地よさが気持ち良く、バスの暗がりと揺れ具合によく合う。それから小田急に乗ってその車内ではホムカミのファーストアルバム『Homecomings with me?』を聴き通していた。

 

三島に着いたのは9時半ごろ。駅前にはロータリーとお土産屋、ホテルの組み合わせで、この小規模だけれど地域の核として呼吸する都市の街並みにこれよこれこれとテンションが上がる。とりあえずお腹が空いていたので近場のカフェに入ってあんバタートーストとコーヒーをいただく。それから楽寿園で庭園を鑑賞し、その園内に佇む三島市郷土資料館で地域の歴史を知り(一万年前の富士山の大噴火で御殿場から三島あたりまで溶岩が流れ込んできたらしい)、それからふれあい動物園でアルパカやポニーを見るなどしていたらお昼を迎える。ランチは福田さんも訪れたと言っていた地元の人気店「スープカレーよつば」にて。店内BGMで初期の星野源フィッシュマンズが流れていて良い雰囲気。カウンターには漫画『RIOT』の一巻も並んでいて、開くと著者のサイン入りだった。後で調べたところ作品の舞台は伊豆半島らしい。高校生のZINE制作を描いたこのマンガはちょうど一年前に浜松を旅行した際に地元の本屋で見つけて思わず購入した一冊で、改めて見返しても学生の鬱屈さと物作りの魅力が詰まった良い話である(帰京後に2,3巻も購入した)。

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それから三島大社をお参りした後、これまた福田さんが紹介していた雑貨屋SLEEPYYを訪れたが、あいにく店が開いていなかったので、下の階にあるヨット YACHT BOOKSでZINEを2冊購入。商業誌も気になる本がいくつかあったのだが、どうせなので地元の人が書いたであろうエッセイと詩集のような作品にした。ところで三島の街は至る所に水路が走っており水の都を自称するだけのことはある。道路から橋を渡らないと入らない家や店も立ち並んでいて面白い景観である。運河沿いにあるジンジャーブックストアにもお邪魔してここでもZINEをひとつ買った。そのあたりでお腹が空いたので喫茶店でたまごサンドをいただく。卵焼きが入っているタイプのサンドで、塩味が歩き疲れた体にちょうどよく逸品だった。

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すっかり満足。しかし静岡県の街というのは経験的に外れがない。静岡市も浜松も良いところだった。こんなふうに言っては失礼かもしれないのだが、どこも街の規模がちょうど良いのだ。車がなくてもギリギリ楽しめる。駅前の街が生きているので、本屋だったりカフェだったり地元の名店だったりを存分に楽しめるのが魅力だ。そうやって旅を振り返りながら、そろそろ日も暮れそうという時間になって街を後にする。行きと同じように東海道線で熱海経由で小田原に行き、そこから小田急で帰るのが手っ取り早いのだが、もう少しこの地を味わいたかったので、三島駅から20分ほど歩いて御殿場線で帰ることにした。こっちの方が時間はかかるが富士山をよく眺められる。ということで歩いていると川沿いにこんな看板があったので思わず写真を撮った。

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ちかごろの記録 2025/12/14(日)~2025/12/20(土)

 

日曜。愛媛に帰省していた妻があふれんばかりの土産物を携えて帰京。いろいろと買ってきてくれたのだが、なによりも嬉しいのはミレーである。愛媛のお隣、高知のソウルフードとして知っている人の間では名高いこのお菓子は、言ってしまえば何の変哲もないビスケットなのだが、絶妙な塩梅でまぶされた塩味がほんのりとした甘さを引き立たせて食べる手が止まらない。はじめて食べたのは十年前の夏にとある企業のインターンとして高知に一週間ほど住み込みで働いていた時のことで、そのときも上手いとは思ったが、それから数年後に妻と高知旅行に行った際に久しぶりに口にしたら二人とも盛大にハマってしまい、お土産にジャンボパックを買って帰ったほどだ。最近は東京のスーパーでも見かけたりするからちょっとずつ浸透してきているのかもしれないが、この味のすばらしさはもっと広まって欲しいものである。そういえば、この系統のお菓子を結構自分は好んできた気がして、いちばん原初の記憶にあるのは、アスパラガスのビスケットだろうか。母親が好んで食べていて、たとえば小さいころ家族でどこかに出かけるとなったら、おやつとして携帯したこのビスケットを食べさせてもらった。特に夏場に汗一杯にはしゃぎまわった後に食べるその甘さと塩加減がたまらなく至福だったという記憶がよみがえってきたりよみってこなかったり。その夜。ドラマ「ひらやすみ」の見残していた配信話をすべてアマプラで見終える。もうすでにこのドラマの感想は世間の人々の手あかまみれになっているのでいまさらという感じもあるが、しかし本当によかったですね。森奈々の憎たらしい愛らしさと、吉村界人のそのまんまヒデキの感じが特に最高です。ほかに具体的なシーンでいえば、第七話のなっちゃんとあかりんが夜道を歩きながら心通わせていく場面があまりに眩しくて。それからやはり舞台の阿佐ヶ谷という街がそもそも素晴らしいんですよね。数年前まで荻窪に住んでいたのでよく通っていたのだけど、気取らない感じが花。ceroの高城さんが経営するバーrojiとか、本作でも少し映った古書コンコ堂とか、それから南口のアーケードの商店街の雰囲気も好ましく、どこに寄ってもほっとできる街でした。

 

 

 

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週の半ばはすっかり体調を崩してしまった。下痢からはじまり、倦怠感、頭痛、悪寒のコンボ技に苦しみ、しまいには39度近くまで発熱。発症美の夜中はずっと悪夢にうなされていた。なぜかM-1の運営サイドとして各所の調整作業に奔走しなければならないという夢だった。なかなか治らず、チケットを押さえていたHomecomingsのライブも断念することになってしまった。ベースの福田穂那美さんのラストライブだったので何としても行きたかったのに。昨年の1月、ドラムの石田さんのラストライブは京都まで行って拝むことができたが、福田さんの最後の雄姿を見れなかったのは残念で仕方がない。ホムカミは何かと畳野、福富の両名にスポットライトが当たりがちだが、リズム隊のおふたりがいてこそのバンドだとも思っていたので、ふたりともいなくなってしまって寂しい。あのコーラスはもう聞けないのだ。寂しいので、代わりに彼らのpodcast「RUSHMORE MORE」の最新回を病床で聴く。「Cakes」のデモを出町柳で初めて聴き、めっちゃいい曲だったので京都駅まで歩いてしまった、という福田さんのエピソードが愛おしい。福田さんといえば、静岡に一人旅のエピソードもお気に入りで、なんてことのない旅ではあるのだが、ほんわかとしたしゃべりで語られる細部の本物っぽさがたいへんよろしく、焼きたてからちょっと経ったパンみたいな魅力がある。

 

 

そうこうしていると、半年前に応募したことばと新人賞の選評がメールで届く。通常の新人賞と異なり、2500円を申込料として支払う代わりに落選者でも選評が見れるという仕組みの取り組み。フィードバックがもらえるのは書き手にとって大変ありがたいので、どんなことを返してくれるのかなーと楽しみに選評ファイルを開いてみると、たったの90字弱でよく分からない抽象的な文章が書いてあるのみで、がっかり。要するに「あなたの作品はカスである」ということみたいなのだが、「なぜカスなのか」ということがまったく分からない。Xのタイムラインを見ると同様に憤っている人もいる一方、かなりがっつり選評の言葉をもらっている人もいるようで、どうやら選評者によって全然違うみたい。しかし、あまりにひどいよ、この選評者は。普段の選評と違ってお金が発生しているということを心得ているのか?プロとして失格だよ。

 

 


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体調がやや戻ってきてからは、YUKIの新曲「Share」がとても良いので何度も聴いている。ポップスとしての慎ましやかな豪奢さがなんとも心地よい。YUKI固有のグルービーも健在だ。決して新しいことはしていないのだけれど、積み重ねてきたものでマンネリを超えてくる腕っぷしに感銘。遠出して立ち寄ったコンビニの店内放送でかかっていたらちょっと嬉しくなる。そういう音楽だと思います。

 

ちかごろの記録 2025/12/7(日)~2025/12/13(土)

 

最近はチャットモンチーをよく聴いている。十何年前、中高生の頃に流行っていたはずなのだが、不思議なことに全くもってその頃は自分は聴いておらず、やっと聴き始めたのは社会人になってからだと記憶しているが、その理由はよくわからない。思春期にこそハマる音楽だと思うが。「シャングリラ」はもちろん、「親知らず」「ハナノユメ」も大好きだが、この冬になって「真夜中遊園地」をよく聴くようになった。二番のサビで踏む「ジェットコースター」と「ずっとこうして」のライムが何より素晴らしい。広末涼子「MAJIで恋する5秒前」の「渋谷はちょっと苦手」「初めての待ち合わせ」の韻に肩を並べる言葉選びだ。

 

古賀コン10に今回も出品した。与えられたお題をもとに1時間で書き上げた作品をエントリーするこの文学賞は今回で八回目の参加になるのだが毎回楽しくやらせてもらっている。1時間という制限があることで書けないこともあれば逆にそれだから書けるということもあって、自分の場合はある程度の方向性だけ考えてから自動筆記的に脳内から溢れ出てくる言葉をとりあえず繋げていくという方式で書き連ねていくのだがこれが意外と良い感じに仕上がることも多くて画期的。結局我々の執筆を妨げるのは時間の無限性であって完成度を追求できてしまう環境にあればそれだけ下手なものを許容できなくなり結局書けなくなるのだから、それであれば初めから書き上げることだけに集中できた方がよっぽど良いのであって、だからこそ1時間という制限はありがたい。

 

 

ニューヨークチャンネルの今夜も星が綺麗ゲスト回を見る。芸歴22年目、三福エンターテイメントの苦労話が愛おしい。ランジャタイのぽんぽこチャンネルでも報われない芸人の代表みたいな感じで言及されていたので昔から存在は知っていたが、これほどチャーミングなパーソナリティだとは知らなかった。しかし、ここ数年でランジャタイ周りの地下芸人がどんどんと日の目を浴びている。ネコニスズ、ヤーレンズモグライダー、あぁ〜しらき、や団、トンツカタン森本…。本人たちも表舞台でもっと見たいですよ。あと、ぼんぽこチャンネルのラジオ回を更新してください。

 

 

行きつけのタイ料理屋で食事をしていると中年女性集団がなぜかハリーポッターの話で盛り上がっていた。聞き耳を立てると「終盤、誰がいつ死ぬか分からない展開になってからが最高」という旨の話をしていて思わず頷いてしまった。そう、「謎のプリンス」以降のシリアス展開こそがハリーポッターの醍醐味だと思うし、少年向けコンテンツは緊張感がある分だけ素晴らしいというのが個人的見解である。「ハンターハンター」のヨークシン編とか、「鋼の錬金術師」のアニメ一期とか。ただずっとシリアスがあるのがいいのではなく、平穏な日常回があるからこそ緊張感が高まるというのもあるのだろう。

 

 

土曜日は千葉に行った。学生時代に亡くなった友人の家に線香をあげに毎年友人たちと出向いている。今年で亡くなってから九年になるのだが、本当に毎年時が経つ体感速度が加速していく。いまではすっかり三十路になってしまった友たちは、見た目や話しぶりは良くも悪くもほとんど変わっておらず、何もかもあの頃から変わりのないように思えるわけだが、本当のところはそんなことはなくて、それぞれの九年の重みがしっかりあるはずだ。しかしそのことをいちいち確かめ合うのも水くさいし、言葉にすればなんだか野暮にも思えてしまうわけで、だから毎年同じような話しかしないのだが、こうやって過ぎ去った九年は亡くなった友人が過ごせなかった九年でもあり、何が言いたいかといえばみんな平凡でも良いから長生きしてくれたらそれで良い。

 

 

 

ちかごろの記録 2025/11/30(日)~2025/12/6(土)

スマホデトックスを始めた。手始めに壁紙をこのキュートなイラストに変えてみたがまったく効果はなく、イラスト自体はとても気に入っているので悪くないのだが、実効性も追い求めていきたいので、もっと抜本的な解決方法を模索することにした。恥ずかしながらスマホで常時情報を摂取していないと儘ならない体になってしまい、特に朝、目を覚ましてから床を出るまで一時間近くXやYouTubeを徘徊する習慣から抜け出せない自分のありように嫌気がさす。スクリーンタイムで「アプリ使用時間の制限」を設定することでどうにかしようとも試みたが、結局意志薄弱なので制限時間を越えてい一時的に利用が停止されても、結局「今日は制限を無視」をタップして見続けてしまうので意味がないことが分かり、そうなるともう物理的にスマホと距離を置くしかないという結論に至った。具体的にはスマホを玄関に置きっぱなしにして在宅中は全く触れないようにしたかったのだが、しかしラインやメールの通知はすぐに確認できる状態にしておきたかったのでどうしようと悩んでいたところ、スマートウォッチを身に着けることでその問題も解決できるということに気づいて、アップルウォッチSE3を購入することにした。昔から時計をする習慣がまったくなかったことが気がかりであったが、実際に買ってみると習慣化はどうにかできそうなではあるし、実際にスマホを触る時間はめちゃくちゃ減ったので今のところ成功はしている。意志の強い人間だったらそんなガジェットに頼らなくたってどうにかできるかもしれないが、自分はまったくその類の人間ではないというのが最近になってようやくわかってきたので、こうやって何事もシステム化することでしか生活を変えることはできないという事実を噛みしめてつつましく生きている。

ところでこのアップルウォッチはもともと近くのビックカメラで買おうと思っていて、実際に店舗に行って品定めもしたのだが、展示されていたのがピンクみたいな色味のものだけだったので、他の色も見れますかと店員に尋ねると、そんなことできるわけがないじゃないですか、アップルストアじゃないと見れないんですよ、そんなことも知らないんですか、と直接言われたわけではないが、限りになくそれに近いニュアンスで返されたのですっかり気分が悪くなり、結局ビックカメラでは買わずにヨドバシドットコムで買ったのだが、とにもかくにも嫌な感じを植え付けられてしまい大変残念だった。というのは、イヤなことを言われたことに対する怒りが消えないということもあるのだが、瞬間湯沸かし器みたいに頭に血が上ってしまった自分の状況への絶望というのか、もちろんその横柄な態度に対して怒鳴ったり嫌味を言ったりなんてことはしてないのだが、気を付けないと年を取るにつれてやばいクレーマーに転落しかねないのではという老いへの恐怖みたいのがあったのも間違いない。とはいっても、昔から馬鹿にされてきた境遇への怒りを薪としてくべることで創作なり生活なりのエネルギーに変えてきた人間なので本質の部分はずっと同じなのかもしれない。

 

 

サイトウマド『怪獣を解剖する』を読んだ。話題になっているのは知っていたが本当に傑作のSFマンガだった。タイトル通り「怪獣を解剖する」ことを題材にするそのSF設定だけで最高なのだが、作品全体に通底する「知」への態度が素晴らしく、何かを知ろうとする営みへのこれ以上の讃歌はないだろう。そう、我々の社会の今現在は先人たちが未知を既知に変えてきたことによって成り立つものであり、それはつまり巨人の肩に乗るというヤツであり、ただそのままテキストに起こすだけでは陳腐で説教的になってしまう、しかし確かに大事なことがらが、イマジネーションの世界に落とし込まれることで美しい光を放つのだから面白いものであるしフィクションの力というのはこういうのをいうのだろう。あと、解剖の現場で働く人々のお仕事もなんだかとてもリアルで、そういう細かさも最高の作品だった。

 

M-1のファイナリストが発表され、長年推し続けてきたたくろうがついに決勝に進出したことが嬉しすぎてそのことばかり考えている。2018年の敗者復活で初めて目にしたときからずっと最高のネタを披露し続けていたのだが、なぜかそれ以降は準々決勝までで弾かれてしまい、正当な評価がされていない!と憤りも甚だしかったのだが、ついに日の目があたって自分ごとのように嬉しい。聞くところによれば準決勝でも大ウケをかっさらったらしいので決勝の期待も大である。赤木のあのキャラクター性が見つかればもうテレビスターになること間違いなしなので、テレビに出まくる彼らの姿がいまから想像に難くない。それからヨネダ2000の返り咲きも嬉しいし、エバースはもう当たり前のように決勝に行くようになったので今年のネタも楽しみである。

 

 

2025年によく視聴したYouTube

YouTubeアプリを開くと2025年によく視聴したチャンネルが表示されていたので見てみるとこんな感じだった。オモコロウォッチはたしか今年の夏ごろから見始めたのでかなり短い間に大量に視聴したということになる。原宿、永田、恐山の三人の歪んだ自意識みたいなのをたっぷり浴びれる優良コンテンツだと思いますが、とにかく中身がくだらないことは間違いない。二位のしゅうゲームズは主にポケポケの実況動画を見ていた。ポケポケも昨年から始めてすっかり一年ハマってしまった。それから、東京ホテイソン。このふたりの温度感が結構好きなんですよね。M-1のネタももう少し頑張ってほしい。

 

 

土曜日は会社の草野球で朝から大井ふ頭に行ってきた。とにかくチームとして守備がボロボロで、自分も慣れない内野守備でエラーをひとつやらかしてしまったのだが、その代わり打撃は割といい形でヒットを打てたし、要所で二つ四球を選べたので及第点というところでしょうか。今年の野球はこれが最後なので来期にこの打撃の感覚を持ち越したいのだが、毎年オフシーズンを挟むとリセットされてしまうのでどうにかしたい。あと、今年は五回ぐらいしか野球に参加できなかったがもう少しライフワークとして頻繁にやりたいものだ。

ちかごろの記録 2025/11/23(日)~2025/11/29(土)

 

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文学フリマ東京41に参加した。文フリ東京はこれで6回目の参加になるが、今回初めて小説以外の作品をつくった。主に学生時代にやってきたバックパック旅の記録をつづったエッセイである。これまでも客寄せ用のフリーペーパーとして旅の記録を切り売りしてきたのだが、たびたび「旅行記はないんですか?」と聞かれてきたので、けっこう需要があると見込んで思い切って百部を刷ったのだが、思ったよりも売り上げは伸びなかった(27冊販売)。純文学のブースで出しているのでミスマッチがあったとか、表紙の色味がちょっと地味すぎたとか、Xでの宣伝は大量投下したけれどあまり反応がなかったとか、いろいろ反省点はある。あと、ちょっと言い訳になるのですが、我々のブースがあったWのあたりは入り口から一番遠いスペースだったので人通りが明らかに他所と比べて少なかったというのもあったかもしれない。ただ、フリーペーパーで配った「スペインの牛とインドの牛」というエッセイが面白かったので本を買いに戻ってきましたという方が何名かいたのは嬉しかった。あと、意外と既刊の小説も売れた。次は絶対に小説の新刊を出したい。あくまで自分が本当にやりたいのは小説だという意識もあるのでエッセイを出すのは今回が最後になるかもしれないがこれも定かではない。可能な限り新作を出し続けていきたいと思っているが、点数が増えすぎるとお客さんがどれを買ったらいいか分からなくなるという販促面での問題もある。ただそういうことは考えずに自分のやりたいことを表現するのがアマチュア作家をやっている意味ではないかという思いもある。

こういう投稿もした通り本当はテキスト以外の外部性は文学には不要であるという純朴な思想が心の底に確かにあって、だから呼び込みとか接客とかで営業的な行動をとっている最中にこれが本当に俺のやりたかったことなのかと自問自答する瞬間があるのも確かである。それはたしかにどこか幼稚な、世の中の仕組みを内面化する前の戯言ではあって、結局は誰かに届かなければ、誰かに届いているという感触がなければ持続的にこの活動を続けていくのは困難な気もして、だから必要経費だというのは分かっているのだが、ふとしたときに割り切れない思いが噴き出してきそうになるので、頑張って蓋をしている。こういうとき心の支えになるのが『映像研には手を出すな!』の金森氏であって、結局アマチュアであっても自分の本を書いてそれを読者に届けるまでがプロジェクトなのだから、そこまでの一連の作業のどこかを全力でやらないのはそれもまた怠慢であるから、しっかりと営業としての自分を次回からも捨てないように頑張りたいと思った。

 

M-1グランプリの準々決勝敗退者のネタ動画がTVerで配信開始になった。めちゃくちゃ受けたのに落ちたと話題になっていた十九人のこのネタ、最高じゃないですか。正直、昨年の敗者復活で見たネタは取っ散らかりすぎてそこまでハマらなかったのだが、今回は良い塩梅で秩序もあって、それでいてぶっ飛んでいるので、なんでこれで落ちたんだという感じ。一方、「ウケすぎて龍が出た」とまで言われたインテイクのネタは、龍が出るほどではなかった。でもボケの鈴木さんの「切れ者の嫌なヤツ」のキャラは素晴らしかったので、今後も注目していきたいと思った。準決勝は12月4日にあるらしく今から楽しみ。今年こそはたくろうに決勝に進んでほしい。もちろんエバースとヨネダ2000も。このが三組が明確に応援しているコンビで、あとはどこが来ても良いといえば良いのだが、昨年の真空ジェシカのアンジェラアキのネタが忘れられないので、やっぱり真空ジェシカも来てくれ。

 

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そういえば最近引っ越したので、土曜日は近所の散策も兼ねて隣の駅まで歩いた。東京郊外のけっこうな田舎なので、一駅の区間でも歩くと五十分ぐらいかかる。歩くのはけっこう好きな方だから道のりは全然苦ではないのだが、道が歩行者向けに作られていないからその点は結構苦労した。基本的に線路沿いを歩いたので、そのあたりの景色は電車からいつも見ていたはずだが、車窓からでは気づかない発見がいくつかあって、たとえば護岸がしっかりされた川があったり、川沿いにお洒落なロフトをもった家が並んでいたり、けっこう大きな田んぼがあったり、貨物列車の路線が通っていることなんかも初めて知った。

 

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今更ながら『チェンソーマン レゼ篇』を劇場で見たのだが圧倒された。ストーリー展開は良くも悪くもめちゃくちゃなのだが、その粗っぽさを画と音で最高級のアクションムービーに仕上げてしまう力業に感服この上ない。いやはや、日本の最高峰の才能がこの作品に集っているのだと思うと感動するし、なにより原作者の藤本タツキのぶっ飛んだ感性が生み出した魔作である。理性を突き詰めていってもこの領域にはぶち当たらないはずで、発想の飛躍というのがいかに大事なものかと。そしてきっとそうやって藤本タツキ的な方向の才で突き進もうとした数多の屍の上に屹立する作品であるということも忘れてはならない。まあ、でもしかし、本当にバトルシーンは素晴らしかった。現代の技術でナルトとかハンターハンターを劇場版で見たい。あ、でもハンターハンターは旧アニメの作画と演出も大好きなのでそのままでいいか。ナルトは本当に見たい。手始めに再不斬編とか、あるいはサスケ奪還編とかどうでしょうか。

 

 

 

 

 

旅行記を出します

 結婚した。願わくば生涯一度にとどめたい新婚旅行の行先はスペインに決めた。マドリード、サンセバスチャン、バルセロナを巡る十日間の旅だった。
 ヨーロッパは初めてだった。厳密にいえば一度パリの街を歩いたことはあるが、本当に歩いただけだった。南米・チリのサンティアゴまでの移動の際、トランジットでパリに寄ったのだが、次のフライトまであまり時間がなかったので、シャンゼリゼ通りをぶらついたぐらいしか思い出がない。
 学生時代からバックパッカーみたいなことをやっていたが、若いころはとにかく金がなく、行先は物価の低い地域に限られた。これまで訪れた二十余国の大半はアジアと中南米の国が占める。ヨーロッパはなにもかも高いから、候補地にすらならなかった。
 旅先での贅沢は敵だと思っていた。ホテルもレストランもタクシーもなるべく使わず、一泊千円もしないような宿に泊まり、食事は屋台やローカルな食堂で取り、移動はバスや徒歩にこだわった。一人旅だからこそ、そういうことができた。そうやって節約した分だけ多くの土地を巡り、できるだけ長い時間旅をしようとしてきたが、二十代半ばを過ぎたころから、以前のような旅に出ることがすっかりなくなった。
 ひとつに、コロナの蔓延により気軽に旅に出られない日々が続いたということもあるが、会社勤めによってかつてほどお金への切実さがなくなっていたことや、昔ほどの体力と気力がなくなって不衛生や不便さを楽しめなくなってきたことも、貧乏旅から足を遠ざからせる要因であった気がする。
 そうやって一人旅に出なくなった代わりに、誰かと旅行をするようになった。
妻(当時は彼女だったが)や友人たちと泊まりがけで出かける機会に割と恵まれた。庶民的な範疇ではあるが、食事は多少値が張っても良い店を選び、宿は綺麗なホテルや旅館に泊るようになった。いつのまにか、旅ではなく、旅行を楽しむようになっていた。
旅から旅行へとライフステージは変化して、次から次へと一人旅に出かけたかつての日々は、もはや過去のものになろうとしている。
 この個人的な変容は、人生を前に進めているという実感を伴う一方で、忘れゆく旅の質感への焦燥をも含蓄するところとなり、忘れてしまう前に書き残してみようというモチベーションを喚起させるのに十分だった。
 幸いにも、「書く」という営みは自分にとってそれほど縁遠いものではない。
 二十代半ばから小説を書き始めた。純文学系の新人賞に応募しながら、ひとりで同人作品をつくり、文学フリマに出品したりする中で、旅の経験をもとにした小説も何本か書いてきた。ただ、ノンフィクションとしての旅行記のようなものは未開発だったので、この機会に筆を執ることにした。
 そうしてできたのが、『旅から旅へと』という本である。構成としては、旅に関するいくつかのテーマを章立てしたうえで、それぞれ今回のスペイン旅行であった具体的なエピソードを枕とし、過去の旅のあれこれを書き連ねていくというつくりにしている。バックパッカ―の生態に興味がある方にも、漠然とエッセイが好きな方にも、それなりに楽しんでもらえる内容になっていると思う。

 2025年11月23日開催の文学フリマ東京41にて頒布予定である。一冊五百円。W-11〜12ブースでお待ちしている。

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過去の旅行記

 

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