第167回芥川龍之介賞 受賞作予想

勝手に芥川賞受賞作予想企画、今回も実施します。誰が読んでるのか分からんけど。

初めに、受賞作を予想するにあたって重要視したポイントをあきらかにしておくと、それはひとえに前衛性という部分に集約される。「芥川賞は、雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品のなかから選ばれます。」と公式ページにも記されている通り、純文学のフィールド上で作品性が競われるべきで、それでは純文学とはなんぞやと問われれば非常に難しい話ではあるのだが、既存の価値体系の外側を見せてくれるような芸術性、すなわち前衛さを備えた作品だと私は勝手に解釈しており、本記事でもそちらを採用する。ゆえに、たとえ物語としての完成度が高いとしても、新しい価値観を提示できていなかったり、どこか既視感ある部分が見受けられたりすれば、それは受賞作に値しないと判断する。逆に現在の文壇や社会の体制を打破しうるような作品については高く評価することとする(ただし話が面白いことは大前提です)。

さて、以上をふまえて、まずは各作品について見ていこう。

「ギフテッド」は、細部の描写がしっかりとしていて作者の筆力は確かなものがあるのだが、正直にいってあまり面白いとは思えなかった。死期迫る母親とホステスの娘との関係を描いているのだが、どうもどこかで何度か見たことのあるような、ありていに言えば使い古された設定で、何か新しい価値観を提示してくれるわけでもなく淡々と進んでいってそのまま終わってしまう。先ほども書いた通り状況の描き方はしっかりとしているからノンフィクションであればいいのかもしれないが、芥川賞にふさわしいかと言われればどうなんでしょう。

「あくてえ」は、老いの進んだ「ばばあ」に翻弄される母娘の関係性を描いたシスターフッド的作品。これもまた既視感のある設定や描写が特に序盤は目立ったのだが、それでも読み進めていくと、なんだろう、主人公たちが本当に不憫で、要するにしっかりと嫌な気持ちになる。嫌な気持ちと言うのは文学にとっては大事なものだと思うし、読者の感情コントロールが非常にうまいと思った。これが直木賞であれば推した。のだが、やはり何か新しいものを読んだという感覚は残らなかったため、芥川賞の受賞には至らないと判断する。

個人的に一番面白く読めたのは「おいしいごはんが食べられますように」であった。高瀬隼子は以前の芥川賞候補作となった「水たまりで息をする」も好きな作品で、そちらは「風呂に入る」という常識的習慣を相対化する物語であったが、今回も引き続き「食べる」というありふれた行為を中心に身の回りにあふれた常識に翻弄される人々を描おた物語となっている。前作でも感じたが、著者は人々の繊細な心情とか抑圧されている感情の機微を描く点で天才的であり、角田光代村田沙耶香の系譜に連なる作家だと私は勝手にラベリングしている。いつか今泉力哉監督で映画化希望。ただ、新しさという部分を考えるとどうなんだろうというのが本作についても言えたりします。

リアリズムに立脚した候補作が目立つ中、その中で異色を放つのは「家庭用安心坑夫」だろう。「(主人公の)小波はいまも実在する廃坑テーマパークに置かれた、坑夫姿のマネキン人形があなたの父親だと母に言い聞かされ育つが、やがて東京で結婚した彼女の日常とその生活圏いたるところに、その父ツトムが姿を現すようになって……。」作品紹介をそのまま引用してきたが、きっとこのあらすじでは何が何だか分からないのではないか。だがこれはまさに本作のあらすじで、要は話の筋を説明するのが難しいのだが、それはつまり本作が非常に「変な」話であることの証左でもあり、実際に読んでいる中で何が起こるのか全く分からないという点では他の作品を圧倒していた。途中までは本作が受賞作だと疑わなかったが、しかし読み終わってから、本作が私たちに与えてくれたのは得体のしれない読み心地だけかもしれないと思ったりもして、いやそれだけで十分だというのであればそれは否定しないのであるが、しかし選評ではその点が瑕疵として判断される可能性もありそうか。

さて、最後に残ったのは「異例の満場一致で文學界新人賞受賞」のうたい文句を引っさげた「N/A」。拒食症や生理不順を抱え同性と交際する女子高生を描いた作品、という表面的な筋だけを追えば、ありふれたマイノリティ小説なんだなとため息が出るかもしれないが、本作はそういった設定を(あえて)用いながら、弱者の生きづらさを声高に主張するのではなく、そういった生きづらさ自体を解体してしまうことに主眼を置いていて、そこが良いのである。たとえば長嶋有が新人賞の選評で指摘していたように、主人公が生理を厭う理由として、股から血が出るのが嫌なだけと記述され、それ以外の意味を持たせない。現象に対して実体のない意味づけを行わない、どこまでも実存主義的な態度が、記号にあふれた昨今の世界に突き刺さる。またさらに、そういった意味づけを拒否する主人公に対してラストに襲い掛かる「反撃」が作品としての強度を高めている。気遣いであふれる高校生たちの日常に関する描写もリアルさをもって立ち現れており、細部まで繊細に描かれている点も高評価。と、いいこと尽くしで書いてはいるが、実は件ののラストの描写が唐突すぎて些か雑に感じられる部分もあり、いやそれは雑に書くから良いのだということもあるだろうが、しかし足をすくわれるとしたらこの部分だろうか。

さて、以上のように各作品について触れ終わったところで、肝心の受賞作の予想で本記事の幕を閉じたい。本命は文壇に新しい価値観を持ち込んだ「N/A」、対抗は展開の前衛性に秀でた「家庭用安心坑夫」とする。発表は7月20日

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