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キューバ ~カリブ海の小インド~

リアルタイム 8/13 東京

ご無沙汰しております。中南米旅行をとうに終えて、実家でポケモンgoとかやりながらのんきにしてます。これまでブログを更新してこなかった言い訳としては、キューバ滞在中の一週間ほとんどネットが使えず記事を書けなかったことがまず挙げられます。 一回中断してしまうと何事も億劫になってしまう性質でして、その後もなかなか手をつけずにおりました。まあ手短に言えばめんどくさかったんですわ。しかしまあそんなに面白いことばっかり起こるわけでもないのに脚色して記事にまとめるこっちの立場にもなってみてください、たいして「いいね」も貰えないし

その後、韓国とスリランカにも赴きましたが、それらについては別の記事に譲ります。ひとまず、今回は情熱の国キューバを旅した記録をご賞味くださいませ。(一週間分を一記事にまとめたので少々冗長ですが、後ろの方が上手くかけたと思うので是非最後まで)

 

5/24

メキシコシティからパナマ経由でキューバに飛びます。19時ごろ、キューバの首都ハバナに到着!中南米5か国目にして、トランジットを除けば今回の旅では最後の国となります。キューバという国はいろいろと独自の制度を持っています。まず通貨ですが、外国人観光客用のCUC(通称クック。CUC1=USD1=約105円)と、現地住民用のCUP(CUP25=CUC1、CUP1=約4円)の二種類の通貨が流通しているんです。ツアー会社やホテル、バーなど観光客が利用する施設ではCUCしか利用できない場合が多いのですが、CUC払いの場合物価は日本と比べてもそこまで安くはありません。一方、ローカルなレストラン(と呼べるような代物はほとんどないのだが)などではCUP払いとなります。面白いのは、外国人でもCUPを利用できるということ。CUCに比べてCUP払いのものは驚くほど物価が安いので、上手く利用できれば生活費を大幅に抑えることができます。ただし、品質が保証されたものはCUPでは手に入りませんが。。

もう一つ、この国で変わった仕組みと言えば宿。キューバには、いわゆる安宿がありません。ホテルに泊まろうとすると、安くても50USDはします。こんなんでは、安さに命を懸ける我々バックパッカーは生きていけません。そこで、安宿の代わりにCasa(スペイン語で「家」という意味)という民泊のようなものが普及しています。こちらも東南アジアや他の中南米のドミトリーほどではありませんが、安ければCUC10(約1050円)ほどで泊まることができます。だから、多くの貧乏旅行人はキューバ人の家にお世話になることとなります。

長ったらしい説明はさておき、空港にて2万円ほどCUCに両替を済ませ、いざタクシーで市内に向かいます。市内に到着した時にはすでに日が暮れて真っ暗...ん?ここは市内のはずなのになんで真っ暗なんだ??なんか街灯が全然ない。。。キューバは治安がいいと聞いていましたが、なんか危なそうだなーと思いながらも下車。メキシコシティの日本人宿で教えてもらったシオマラというCasa(日本人宿)を訪ねますが満室だったため、仕方なく向かいにあった別のCasaに泊まることに。一泊CUC20(約2100円)と高額でしたが(シオマラは確かCUC7=約700円)、外も暗いので本日はここで我慢します。Casaのご主人は大の野球ファンで、日本から来たと言うと松坂や渡辺俊介はgood playerだ、グリエルやデスパイネも良い選手だろという話で盛り上がって、野球好きの自分にはうれしかったですね、なぜかセペダの話題にはなりませんでしたが

 

5/25

近くに別の日本人宿があるとのことなので、朝一で宿を移す。Casaホアキナ。日本人はご夫婦で旅するお二人のみで他は韓国人でしたが、一泊CUC7(約700円)で朝食付き!荷物を置いて、旅行会社に繰り出す。旅も残り少ないので、最後に一発バカンスをかますことに。サンタマリアというビーチリゾートにあるオールインクルーシブホテル(食事もアルコールも飲み食いし放題!)2泊3日のツアーに参加することに。お値段なんとUSD270くらい(はっきり覚えていないけど)。間違いなくこの旅行中一番の贅沢だが、日本だったら一泊3万円くらいはしそうなことを考えれば全然安いのではないでしょうか。

旅行会社で支払いを済ました後、念願のキューバ野球を見にいくことにしました。キューバリーグ自体は4月くらいまでなのですでに終わっているのですが、前日のCasaの野球好きご主人曰く、各チームの23歳以下の選手が優勝を争うアンダー23リーグが現在開かれているとのこと。ちょうど今日ハバナにて試合があったので、行ってみることに。ローカルバスで球場まで行くと、

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こんな感じ。テンションが上がります。片方のチームはあのグリエル(元横浜。のちアメリカに亡命し、現在はメジャーリーグアストロズに所属)がかつて所属していたチーム(のアンダー23)とのこと。ちなみに、この日僕はマリナーズ時代のイチローのTシャツを着ていったのですが、キューバでもイチローは人気のようで、現地の観客にお褒めの言葉をいただきました。

試合後中心街に戻ると、のどが渇いたので観光客向けのバーで一杯。

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名物キューバ・リブレキューバ原産のラム酒をコーラで割ったお酒で、とても美味。しかもこの店では一杯CUC1.5(約160円)で飲めるので、ハバナにいる間ほぼ毎日通っていました。しかし、(かつての)敵国アメリカの象徴ともいえるコーラを使ったお酒の名前がリブレ(「自由」の意)というのもなかなか皮肉なもんです。

 

5/26

今日はハバナ市内を散策します。ここハバナの街、実は世界遺産に登録されています。街並みはとても独特なもので、スペイン植民地時代のコロニアルな建物が多く残っているんですが、どれもなんか汚い。でもそこがツボです。

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この街の汚さは、どこかアジアにも通じるところがあります。そういえば、タクシーの客引きもどことなくアジアに似ている様な。。要するにしつこい。この日、チェゲバラ博物館に行ったのですが、その道中もタクシーの勧誘がしつこい。そして入り口の目の前まで来た時に、前に泊まっていたタクシーの運ちゃんが「今日は休みだ、タクシーで他のところに行こうや」。一瞬「え、まじ!?」と聞き返しそうになりましたが、普通に嘘です。なんでそんな一瞬でばれるような嘘をつくかな、と思いながらもそんなところが少しかわいらしくもあるわけです。まじで悪いやつなら裏路地に連れてかれて身ぐるみはがされちゃいますし。そんなキューバ、誰が呼んだか「カリブ海の小インド」。まあインドみたいに牛の糞が巻き散らかされていないだけましですが。

それから、キューバの街で独特なのがこれ

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なかなかお目にかかることのできないようなアメリカのクラシックカーが普通に走ってます。アメリカと国交を断絶していたので、その間新車が入ってこず、古いアメ車がいまでも重宝されているそうです。車好きにはたまらない国ではないでしょうか。僕は興味ありませんが。

それから、海岸沿いのマレコン通りに足を運ぶと、現地の若者たちが汚い海に飛び込んでいて気持ちよさそうでした。

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とにかく暑いです、はい。マレコン通りには、鎖国前の江戸時代にローマに渡り、教皇と接見した支倉常長銅像もありましたので写真をパシャり。

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5/27

ビーチリゾート、サンタマリアへの2泊3日ツアーの初日。ハバナを朝5時くらいに発ってバスで向かいます。片道約5時間かけて、ついにホテルに到着!コテージタイプになっていて、まず部屋からの眺めが素晴らしい。

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目の前にコバルトブルーの大海原が広がります。ベッドはふかふかだしバスタブはあるし冷房もばっちり。なんだこれは。いままで泊まってきた宿が人が寝泊まりするべき場所ではないように思えてきました(実際何度か人間向きではない宿にも泊まりましたが)。急いでビーチに直行。

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素晴らしい。気付いたら昼食の時間だったのでレストランに向かう。オールインクルーシブなので食事代は気になりません。バイキング形式の食べ放題。一日USD5くらいの食費で抑えていたボリビアでの食生活を思い出すと涙が出てきそうです。ビールもキューバ・リブレもモヒートも飲み放題。天国ですね。やはり世の中、金。その後ビーチで泳いで、サンセットを拝む。

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5/27

今日はマリン・アクティビティに挑戦。まずはスピードボート。

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こんな感じのボートで猛スピードで大海原を駆け巡るスリリングなアクティビティです。二人一組で乗り込むんですが、周りの参加者はだいたいみんあカップルで来ておりあぶれてしまい、結局、西洋人のオタクっぽいおっさんと二人でボートデートとなってしまいました。

スピードボートで1時間くらいかっ飛ばした後は、お待ちかねシュノーケリングです。

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こんな感じのスポットでやりました。写真だとわかりにくいかもしれませんが、透明度がとても高いので、上から水中の魚が見えるんですね。もちろん水中ではもっと鮮明にきれいな熱帯魚たちをたくさん拝むことができました。ただ、以前沖縄の慶良間沖でもシュノーケリングをしたことがあるんですが、魚の種類はその時には劣るかなという感じです。

 

5/28

サンタマリア最終日。午前は海見ながらまったりして、昼飯はいつも通りレストランでバイキング。その場で作ってくれるステーキの列に並んでいたら、普通に欧米人に割り込まれた。それだけならまあいいかという感じなんだが、実はこのホテル滞在中に少なく見積もっても5回は欧米人に列を抜かれている。よく中国人のマナー違反が指摘されるが、別に「文明人」である欧米人だろうが列は抜かすのである。みんながありがたがっている西洋の近代化の、文明化の歴史の結末が、こんな列も守れない人間なんだとしたら、そんな歴史には何の意味もないわ、ボケ。とイライラから過激思想に陥るが、じゃあ日本人がちゃんと列を守っているかというと、毎回そうでもないしわけで、そのへんは難しいところである。そもそも「列を守る」という習慣や、列を守ることが良しとされる考えそのものが近代的なものもするし。このへんは考え出すときりがない。仕方ないので今回は許してやろう。ただ、やられっぱなしもあれなので、次にキューバに旅行する人にささやかなアドバイスを。

他の外国人観光客に列を抜かれない方法

①割り込まれたら注意する

 無駄です。英語でまくし立てて聞く耳を持ちません。かりに喧嘩にでもなったら体格差で勝てません。

前の人にぴったり密着する

 10センチでも隙間があると何食わぬ顔で割り込んできます。理想はぴったりと密着すること。しかし、列の左右に並んで別の列を作るという離れ業も繰り出してくるので完璧な策とはいえません。

「不正には銃弾を」とかいたプラカードを持って並ぶ

 国際問題になりかねませんのでおすすめめできませんが、たぶんだれも割り込みません。

そうこうしているうちにハバナに戻る時間に。いろいろあったけどサンタマリア、総じて楽しかったです。

 

5/28ー5/31

キューバを去るのは6/1。のこり3日あるが、特に何もすることがない。なにより暑すぎる。お土産を見て、ソフトクリーム(CUP4=約16円)やピザ(CUP10=約40円)、キューバ・リブレで食いつなぎ、後はひたすら宿で本を読んでいました。

門

 

 日本から持ってきた夏目漱石『門』が面白い。主題の面白さはもとより、明治期の「東京」のくらしがリアルに伝わってきます。しばらくぶりの東京が目の前に迫っています。

 

6/1

ついに最終日。宿の人にタクシーを呼んでもらい、16時ごろ空港へ。しかし、まさかの大スコールと移動が重なります。タクシーで移動するんだから問題ないじゃないかとも思われるでしょうが、このタクシーも年季の入ったオンボロ車クラシックカーなので、雨漏りがひどい。車に乗っているのに濡れてしまいました。まあ無事に空港についたのでよかったです。

空港に早く着いたので、カフェでも入ってゆっくりしようかなと思ったのですが、空港にすらまともな店がありません。キューバという国、全体的に物資が不足している感が否めません。首都ハバナにもスーパーのようなものがあるんですが、品ぞろえは極めて少ないですし。しかし、アメリカと国交を回復したので、今後は変わってくるかもしれません。その時、いままでのキューバらしさがなくなるのか、それとも独自の発展を続けるのか。こればかりは誰にもわかりません。

そんなかんやでキューバを発ち、パリ経由で東京に帰ってきました。いろんな国を回ってきましたが、やはり東京の安心感は随一です。こんな感じで僕の中南米旅行は幕を下ろしましたとさ

 

タコス、トイレ、ピラミッド。 メキシコシティとテオティワカン遺跡

リアルタイム 6/29 東京

とっくに帰国しています。キューバにいた間にネットが使えず、メキシコの記憶が曖昧になったりして更新面倒くさすぎてさぼってました。

 

5/20

いよいよ南米ともおさらば。朝一の飛行機でクスコ→リマ→パナマを経由してメキシコシティに到着!四か国目、メキシコ!時刻は翌日午前1時。とりあえず空港泊。ここでも寝袋が大いに役に立つ。

 

5/21

空港のベンチにて5時ごろ目覚めると、すこぶる体調が悪い。実はアメリカ在住の日本人の友人が6時ごろの便でやって来て合流する予定だったのだが、痛烈な便意に襲われトイレに籠城。こんな感じでその友人とおよそ半年ぶりの再開を果たしたわけだが便意が強すぎて感動はない。ひとまず予約しておいた中心街のホテルへとタクシーで向かう。宿はホットシャワー完備のまともなホテル!いやあ、アツアツのシャワーをたっぷり浴びれるということがいかに幸せなことか。しかも、二名二泊で39ドルくらいと、このレベルにしては破格の値段。とにかくこのメキシコ、何から何まで物価が安い。露店のタコスは一つ大体5ペソ(約30円)。水1.5リットルが10ペソ(60円)。ボリビアも安かったけれども、メキシコは品ぞろえも豊富。いたるところにあるセブンイレブンに行けば、お菓子からアイス、ワインまで何でも手に入る。しかも格安の物価で。お金を気にする必要がないので、そうとくればおいしいもん食って豪遊...したかったのだが、相変わらず体調がバリ悪い。タコス一個を食べるのがやっとで、この日はとっととベットにもぐりこみました。

 

5/22

起床。体調が少し回復したので予定通りテオティワカン遺跡に向かう。メキシコシティの北バスターミナルでバスに乗り、片道約二時間。

 

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初めてのピラミッド!この「太陽のピラミッド」は高さ約65メートル。エジプトのそれと比べるとややスケールダウンするが、それでもなかなかの迫力。結構急な階段を上って頂上にたどり着くと、

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 もう一つの「月のピラミッド」を一望できる。その後、遺跡内のレストラン(というよりほぼ屋台)でタコスを食らう。

 

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まともにものが食えるまでは回復。やっぱり人間たべることがいっちゃん楽しいです。そんな感じでテオティワカンを後にしたのだが、シティのバスターミナルについたとたんにまたもや腹痛が。バスの中で暴発しなかっただけましか。。しかし、このメキシコのトイレ、なぜか便器のないものが多くて潔癖症ぎみの日本人には結構きつい。なんとか腹痛からは立ち直り、その後はシティ中心の飲食店をめぐる。途中いい感じのバーがあったのでついついビールを飲んでしまったのだが、これがいけなかった。せっかく治りかけていたのに、体調が再悪化。下痢に関してはますますひどくなる一方。つらい。。。

 

5/22

友人がアメリカに戻ったので、宿を移すことに。有名な日本人宿ペンション・アミーゴに移動。ここ、漫画部屋があって結構過ごしやすかった。ドミトリー一泊たしか120ペソ(約600円)。今日も食欲はない。

 

5/23

翌日の朝の便でキューバに向かうので、実質メキシコ最終日。せっかく来たのにメキシコ料理をほとんど食べられていない。体調はまあまま回復したので、露店をひたすら回る。タコス食ったり、アイス食ったり。。。まだ本調子じゃないが、なんとかなった。明日からいよいよ情熱の国キューバへ!!

スタンド・バイ・ミーでマチュピチュへ

リアルタイム 6/21 メキシコ
腹痛でタコスが思うように食べれない。

6/12
インカ帝国の首都クスコに到着。クスコとは、ケチュア語(いわゆる「ネイティヴアメリカン」の言語の一)で「へそ」の意。その名の通りインカ帝国においてクスコは世界のへそ、中心であった。そして今でも、旅行者にとってはマチュピチュやアマゾンツアーなど、観光スポットの拠点となるいわばペルー、いや南米観光の中心地である。素晴らしい街並みなのだが、いかんせん坂が多い。標高3600mに加えてこの坂道、さらに安宿は大抵心臓破りの坂の上にあるのでとても体に応える。しかし、ボリビア以降ずっとこんな感じで、なんだか高地トレーニングしてるようだ。きっと帰る頃には長友級の運動量とスーザンボイル並の肺活量を手にしていることだろう。冗談はさておき、早速マチュピチュ行きのツアーを探して旅行会社を巡る。マチュピチュはそれ自体の入場料も62ドルと高い。それに加え、クスコから麓のマチュピチュ村まで行く列車が片道安くても70ドルと本当にバックパッカー泣かせ。まさにペルー政府の観光戦略。しかし、これには抜け穴がある。クスコから途中の村まで直行バスが出ているのでそれに乗り、あとはマチュピチュ村まで徒歩で向かうという方法だ。これだと、マチュピチュ入場料、マチュピチュ村の宿泊費、バス代全て込みで85ドルくらい。体力は使うが、貧乏旅行人にはこちらで行くしかない!適当な旅行会社を発見したので、ここでレインボーマウンテン(詳細は次回)への日帰りツアーも含めて申し込むことに。現地通貨ソルで支払うので、マチュピチュツアー85ドルは277ソル。これにレインボーマウンテンツアー80ソルが追加され、合計355ソル(約12000円)の支払いになるはずだった。しかし、ここで奇跡が起こる。ツアー会社のおばちゃんが電卓を使って両ツアーの合計金額を計算する際に、レインボーマウンテンの80ソルを8ソルで計上。そのまま気付かず277+8=285ソルの支払いで住んでしまったのだ。なんとレインボーマウンテンに300円で行けることに。流石に悪いなと思ったので、金額確認の時に「本当にこの金額でいいんだな??」と3回くらい確認したが「No ploble!」とのことなので決して僕に落ち度はありませぬ。まあ、自分の子供には算数の勉強だけはさせようと思いました。

6/13
朝7時40分にツアー会社に集合し、バスでマチュピチュ村近くの停留所へ向かう。ツアー会社のおばちゃんに昨日のだまし取った誤差が生じた金額を催促されるのではとビクビクしていたがお咎めなし。険しい山道をバスは進んで行く。途中道が崩れかかり、数10分足止めを食らったりしたが、すぐに復旧し、なんとかバスで行ける最果ての地点に到着。そこからはクスコから発車する列車の線路に沿ってマチュピチュ村を徒歩で目指す。線路の上を歩いて行くことからこのツアー、「スタンド・バイ・ミーツアー」と言われている。途中こんな鉄橋を渡ることも。

気分はすっかりスタンド・バイ・ミーなはずなのだが、映画を見たことがないのでいまいちよく分からん。是枝清『奇跡』の方が自分にとっては分かりやすい(単に見たことがあるからってだけだけど)。約3時間歩き続け、日もすっかり暮れた午後7時頃マチュピチュ村に到着。夜ご飯食べて、宿に着いて(料金はすべてツアーに含まれている)、疲れてすぐ寝ました。

6/14
今日も歩く。目指すマチュピチュ遺跡は山の上。村から二時間くらいかけてほぼ登山と言っていい道のりを行く。これが結構キツい。汗がダラダラ。12ドル課金したらバスで上まで登れるのだが、そんなものは憎きブルジョワの所業。我々バックパッカーはキツい、汚い、危険の3Kをモットーに生きているのだ。ブルジョワ打倒!などと訳の分からないことを抜かしたり抜かさなかったりしながら、横を通るブルジョワどものバスを横目に、駆け上がった。そして、ついに到着!

本当はこの写真をとるまでに入場待列でのおばさんツアー客の割り込みだとか、一緒に山を登ったスロバキア人が他の友達と合流してボッチになりかけるとか、いろいろあったが、やはりマチュピチュはこの写真がすべてを物語る。決して文書構成が面倒くさかった訳ではない。マチュピチュを見終わった後は、下山してマチュピチュ村にもう一泊。ついた頃にはもうクタクタ。しかし、一緒に来た欧米人たちがその日のうちにまたスタンド・バイ・ミー3時間の道のりを歩いて帰って行ったのを見て、やはり人種の壁というものがあるのだと思い知ったのである。

6/15
特に記すことなし。ツアーが一緒だったアルゼンチン人カップルと一緒に帰路3時間歩き、バスに乗りクスコに着き、一日が終わりましたとさ。↓は道中の夕陽です。


レインボーマウンテン

リアルタイム 6/23 メキシコ
プロ野球が気になってきた。坂本が首位打者って、信じられん。

6/16
休養日。何したか全く記憶がない。とりあえず、マチュピチュツアーで削られた体力の回復に努める。明日は通称レインボーマウンテンへのツアーに参加する。レインボーマウンテンといってもボスの缶コーヒーではなく、その名の通り7色の色をした標高5000mの山である。地球の歩き方には乗っていないが、現地クスコでは旅行者に大人気。写真を見せてもらったが、本当に色鮮やかなレインボーでびっくらこいた。これは見に行くしかない!と思ったがよく考えたら写真の加工しだいでいくらでもごまかせるよな、と猜疑的に。しかもまた山登りかよ、とあまりテンションは上がらない。さらに出発は朝の3時半。疲れた。

6/17
朝3時に起床。約束の3時半に当然向かいはこず、結局来たのは4時前くらい。この程度の遅延くらいでバタバタしてはこっちではやっていけない。バスは悪路を進んで、7時頃レインボーマウンテンの8合目的場所にたどり着く。標高は4000mを超えている。山羊とアルパカの大群がお出迎え。かわいいヤツらだが、こいつらもいずれ食用として食卓に並ぶと思うと少し哀れ。簡単な朝食の後、頂上を目指して約3時間のトレッキングが始まる。

一面素晴らしい景色だ。今のところ体力は余裕。どうやら2000円ほど課金すれば馬に乗るというチートができるらしいが、そんなもの要らぬ。悠々と歩いていたが、ここである事実に気づく。「俺、これまで山登ったことあったっけ?」。よくよく考えたら、山なんて高尾山くらいしか登ったことなかったのである。そんなペーペーが標高5000mを登ことなんてできるのであろうか。一抹の不安がよぎってくる。最初の2時間くらいは余裕だったが、最後の1時間がしんどかった。急勾配と低酸素で息が上がってくる。「たった2000円で馬に乗れるんだぜぇ」と悪魔の囁きが聞こえてきた。たしかに、後日のダメージを考えてら2000円なんて安いもんかもしれない。しかし、日高屋の餃子定食370円ですら高いと思う自分の貧乏精神の前ではそんな誘惑門前払いであった。頑張って頑張って、ついに頂上にたどり着く。




まじで、鮮やかなレインボーだった。ここまで登ってきた充実感と、この素晴らしい景色に思わず心を動かされるものがあった。頂上は風が冷たくて長居はできなかったが、大満足の眺めであった。少し休憩して、下山。昼食を食べて夜クスコに帰還。本当に、今まで見た景色の中で一番綺麗だったかもしれない。標高5000mを登りきったというのも自慢できる。でも、もう山登りはいいかなあ。疲れるし。

6/17
再び休養日。とりあえず疲れた。明日はメキシコに飛ぶのでゆっくり休む。夜、クスコの夜景を見ながら色々と音楽を聴いて、ペルー最後の夜が更けていった。

ペルーにて、スマホを買う

リアルタイム 5/18 ペルー
今日は休養日。

5/9
ラパスにて、特にやることなし。ちょっと奮発して日本食レストランに行こうとしたが、あいにく休業日。しかし、どうしてもアジア料理が食べたく、中華料理店でチャーハンを食す。ボリビア入ってずっとリャマ肉と揚げ物ばかりだったのでそろそろ日本食への禁断症状が。松屋のみそ汁ですら恋しい。夜、宿の日本人の方々とビールを頂く。

5/10
朝8:00のバスで、ペルー側の国境の街プーノへバスで向かう。Bs.70 (約1050円)。途中、聖なる湖ティティカカ湖をボートで渡る。


湖畔の街コパカバーナでのバスの乗り換え、国境での出入国検査を経て、夕刻、プーノの街に到着。3カ国目ペルーに着いた。バスターミナルで若干料両替し、さっさと宿を決める。確かドミ1泊20s(約700円)。やっと一息つける、Wi-Fiもあるしタブレットでネットでも見るか、と思ったら画面が映らない。いや、そんなことないだろ、しっかりしろジョーと叫んだかは分からないが、甲斐なくご臨終。どうも壊れてしまったらしい。絶望。ちょっとしたパニックに陥る。iPhoneはスられる、タブレットは壊れる。もう外界との連絡手段が絶たれたと言っても等しい。ネットを奪われたことの恐怖がこれ程とは。しかし、ほんの数十年前までネットなんてなくて当たり前だったのである。逆に人間本来の生き方を思索できるいい機会ではないか、なんて高尚な考えはは現代っ子の自分の頭には毛頭浮かばず、ちょっとしたパニックに陥る。このままネットなしで旅を続けるのは実用的にも精神的にも厳しい。しかし、ここで旅をやめたら、あんなに息巻いて出ていったのに(笑)と皆には後ろ指を指され、Facebookは炎上、2ちゃんねるで晒されヤフーニュースのトップトピックスに躍り出て終いには社会的に抹消されるかもしれない。そこで考えた。

そうだ、店で携帯買えばいいんじゃね??

街中あちらこちらに携帯ショップがあったので助かった。街一番のショップに赴き、とりあえずiPhoneの値段を聞くと、安くてもiPhone4が1300s(約43,000円)。とてもじゃないが買えない。しょうがないのでもっと安いのを探してもらうのだが、日本語対応のものが少なくて大変。しかもここは南米ペルー、店員はもちろん英語なんて話せないのですべてスペイン語でやりとり。

自分「これ、日本語使える?」
店員「↑‼d?☆g〜?♥y_n^q」

なんてことがしょっちゅうだったが、なんとか日本語機能付きのandroid携帯を購入。199s(約6500円)。すっかり夜が暮れて、宿に戻る。夜飯を食べる気力はなく、この先の旅を案じながら就寝。

5/11
このプーノの街、ティティカカ湖に面しているため、湖の島を訪れるツアーなどいろいろと観光の見どころはあるのだが、昨日の一件ですっかり疲れてしまったので宿にひきこもることに。時間はたっぷりあったので、宿に置いてあった井上靖風林火山』を読む。

風林火山 (新潮文庫)

風林火山 (新潮文庫)

時代小説っていうのはあまり読まないのだが、暇つぶしにはもってこいだ。吉田健一による解説もなかなか。

時代小説の方が現代小説よりも入ってき易いのは、昔の人間の姿が今日のよりも我々にとってはっきりしているからではなくて、時代そのものがその後に更に年月がたっていれば、丁度、人間が長い間住み着いた土地の山河と同様に、誰の目にも確かにそれと解る個性を生じるのである。


さてさて、深夜のバスでマチュピチュ近郊、世界遺産クスコの街へと向かう。とりあえずみそ汁飲みたい。

おばちゃんプロレス、通称「おばプロ」を見てきた

リアルタイム 5/16 ペルー
歩き疲れた。明日も山登り。

5/7
iPhoneのことは忘れて、夜行バスでポトシからラパスへ移動。確かBs.40(約600円)。道が悪く、途中ひどい乗り物酔いにかかり、危うく地球の裏側で醜態を晒すところだった。朝目覚めるとちょうどお天道様もお目覚め。そのままiPodくるり「グッドモーニング」をかける。夜行バスに乗るといつも聞いてるなあ。

「夜行バスは新宿に着いたよ 予定より30分早く 冬の真夜中のようさ」って歌詞も、眠たげな歌声も、まどろんだサウンドも本当に早朝にぴったり。珈琲があればなお良いが。そんなかんやでボリビアの実質的首都ラパスに到着。憲法上の首都はスクレという街なのだが、政治経済の中心はこのラパスである。街は坂道が多く、標高もまだまだ3600メートル低度あるので移動が大変。ひとまず地球の歩き方にも載っているHostal Austriaに到着。確かドミ1泊Bs.40(約600円)。宿にいた日本人の方々と市場に昼食を食べに行き、その後はひとり別行動(はぶられた訳ではない)。ラパス名物ケーブルカーに乗って坂の上の街El Altoに向かう。

この街を訪れて理由は2つ。ひとつは盗難品が並ぶ通称「泥棒市」。もうひとつが、おばちゃんプロレス、通称「おばプロ」である(後述)。泥棒市では、盗まれたiPhoneがあるんじゃないか、とマック赤坂の当選と同程度の確率の希望にかけてみたが、もちろん見つからず。逆に人が多すぎて、また何か盗まれることの心配しかしてませんでした。泥棒市にすぐに飽きたので、丘の上からラパス市内を見下ろす。

時間が来たので、プロレス会場に乗り込む。おばプロは名前の通り、おばちゃんが参加するプロレス。しかもただのおばちゃんではなく、民族衣装を着た普通のおばちゃんっぽいのがプロレスをするのである。Bs.50(約750円)。

数試合行われるが、内容はワンパターンではっきり言って茶番。しかし、滑稽な感じは伝わるので一見の価値あり。ちなみに、おばちゃんだけでなく、男も参加する。外が暗くなって来たので途中で抜け出し、ラパスの夜景を拝む。


さらば愛しの我がiPhone

リアルタイム 5/11 ペルー
クソまずいサンドイッチを食べながら

5/6
スマートフォンが出た手の頃、iPhoneというのはどうしても鼻持ちのならない存在であった。所詮意識他界系のおもちゃだろ、と斜に構え、ガラケーをやめてからもずっとandroidを使っていた。しかし3年前、別名電動式カイロことアローズからiPhone5cに、理由は忘れたが変えることにした。驚いた。なんという電池持ち。写真も綺麗!発熱もしない!使いやすい!ジョブズ万歳!と手首がちぎれんばかりの掌返しをきめ、それから今まで、途中落として画面がバキバキに割るという修羅場もあったが、肌身離さず持ち歩いた。沢山の旅行を一緒に過ごし、沢山の思い出を共にしてきた。

そんなiPhoneが盗まれた。

場所はボリビアポトシ。鉱山ツアーを終えて宿でゴロゴロしていると、突然外で大騒動。祭りが始まったのだ。どうやらこの数日は、乾季の始まりを祝うお祭りが模様されているらしい。意表をつかれたが、これを写真に収めないわけにはいかない!と大慌てで外へ出る。人々の熱気と楽器隊の迫力、花火の喧騒。凄まじいエネルギーだ。一眼を取り出し、人ごみの中で写真を取ることに熱中する。どうせだからiPhoneで動画も撮ろう!と思ってポケットを探る。あれ、ない?おかしい、上着の左のポケットにいれてチャックを締めていたはずだ。落としたわけはない。ということは、

盗難

されたのだ。そういえばさっき人ごみの中で不自然に体を寄せられたような。バッグや後ろポケットを探してもない。そうなのだ、盗まれたのだ。急いで近くの交番に駆け込む。

自分「iPhoneスラれたんだけど」
警官「どんまい。盗難証明書は出してやるから諦めろ」

ハナから期待はしていなかったが、どうやら横浜が日本シリーズに進出してソフトバンクを四タテするくらいの可能性しか、取り返してもらえる見込みはないようだ。しかし、この盗難証明書、海外保険の保障の申請に必要になるのでとても重要。丁重に鞄にしまい込んで、とりあえず宿に戻る。悔しさと絶望感。まああんな鉄の塊どうでもいいや、と思いたいがそうもいかない。とりあえず今回の敗因をまとめてみると、

1 人ごみへの油断
こっちにきてから、インドや東南アジアのような人ごみにほとんど出会っておらず、若干の油断が生じた。

2 祭りが重なった
たまたま滞在期間中に一年に一回の祭りが重なり、ほとんど発生しない人ごみができた。

3 焦り
祭りが急に始まったので、焦って写真を取りに行き、冷静さを失っていた。

4 上着の選択ミス
普段はスリ防止用の上着(ポケットにチャックとバリバリ2つ付いていて、さらに後ろからポケットに手を突っ込めない仕組みになっているUNIQLOの上着)を来ていたのだが、今回はポケットにチャックしかついていない上着を着ていってしまった。

ざっとこんなところ。まあタブレットも持っていたのでどうにかなる。しかし、こっちに来てからバックアップを取っていなかったので、これまでの写真が全部飛んでしまった(泣)。ウユニのトリック写真とか、各所の料理の写真とか全部iPhoneで取っていたのに。しかし、もう片方のポケットには現金やカード、パスポートも入っていたので、そちらを取られなかったのは不幸中の幸い。と思うしかない。失意の中、翌日からはボリビアの実質的首都ラパスに向かう。